| ハイサーイ!私の徒然草 |
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とうとう日本でもか。記憶違いでなければ、たしか数年前、韓国の大学入試で携帯電話を利用した不正行為があったような記憶がある。それ以前には替え玉受験というのがありましたね。 やがていつかは日本でも起こりうることだとは思わなかったのだろうか。そうでなくても、これだけ携帯によるネットが一般的になった時代にこういう犯罪が起きないはずはない。大学側はいかにもうかつだったのではないか。 今回のヤフー知恵袋を利用した不正行為は単なる出来心によるカンニングとは違う。こういう手段を使ってでも京都大学に合格したいと思う人間は心が腐りきっている。不正行為で合格して4年なり6年なりの間、やましい気持もなく学生生活を送ることができるとでも思ったのだろうか。それとも他の動機でもあったのか。いずれにしても人生を棒に振る行為である。その神経はまともではない。 今回はヤフー知恵袋を利用したから明るみに出たけれども、表に出なかっただけで携帯を使ってのこの種の不正行為は今回がはじめてのケースだったのだろうか。人間が腐ればどんな防止策をとっても新手の犯罪が起きうる。 いったい大学とは何ですかね。今、大学に進学する人々の頭の中には「学問研究」という言葉はあるのですか。学問研究って何?それ?という感覚ではないのか。人類社会に貢献する世界的研究を頂点としてその末端にでもつながる学問研究を志している人が果たしてどのくらいいるのか。単なる就職の踏み台にしているだけではないか。 そういう志がない人間は大学に進学する資格はないというくらいの大学本来の姿に戻るべきではないだろうか。受験勉強は一時的な必要悪であって、本来勉強のあるべき姿ではない。 だいたい塾に通い、予備校に通い、自分が将来何をしたいのかという志もなく、将来の生存競争に有利でありたいばかりに、大学に合格することそのことが目的化して、闇雲に受験勉強に明け暮れて大学に合格した人たちにそんな志があるはずがない。 高校だってそういう学生の希望を実現するために貢献するのは本来の姿ではない。私は若いころは生徒の大学受験に力を貸すことに生きがいを感じた時期もある。しかし、やがてそれを空しいと思うようになった。それは教師本来の仕事ではない。大学に合格したければ自分の創意工夫でがんばるべきだと思うようになった。塾にも通わず、予備校にも通わず、悠々と希望の高校、大学に合格する生徒はいくらでもいる。それでこそ本物ではないか。 受験競争にはまり込んでしまうと、入学試験もゲーム化してしまうのだろうか。おそらく犯罪を犯しているという意識はそれほどないのだろう。そういう人間がたとえ京都大学に合格したとしてもこのこういう人間は社会を腐らせるだけである。 現代では試験の点数がたくさん取れれば「優秀」で通るらしいが、人間として「一流」でありたいと願う人はどのくらいいるのだろうか。 仏教でも「精進」第1とは言っていない。精進の前にしなくてはならないことがある。精進第1にすればいくら世間的には優秀で通ったとしても、人間としては二流にも三流にも悪にもなる。精進第1でばんばるだけでは、がんばればがんばるほど悪になる。今回の不正事件はそのいい例である。がんばり人間の「腐り」の極み(きわみ)である。 現代は物と金を巡っての競争の原理で動き、教育までもが数字で表す事のできる情報や知識というデジタルゴミの量を巡っての競争の原理で動く。生きた人間もその心もアナログな存在であり、どんなに価値ある精神も心も言葉や数字になるとカスになる。だから言葉や数字になった知識や情報はゴミである。こういうゴミを巡って人生を無駄にし、精神を腐らせているのが現代である。 昔はいざ知らず、現代では優秀で通っているひと程カスを頭に詰め込んだ人だという気がする。このところ小泉、安倍、福田、麻生、鳩山、菅という最近の歴代の二代目三代目の毛並みがいいと言われた総理大臣を見てみよ。まさに食わせ物である。優秀という言葉が如何に中味が無いかがわかったはずである。六分の侠気四分の熱どころか、人間力は0に等しい。 今回の入試不正も現代社会の腐りの氷山の一角に過ぎない。 |