西洋文明に未来はない

Mon.Dec.13,2004(原文)
Mon.June.22,2009(更新)

[ハイサーイ!私の徒然草]

   西洋文明というより、アメリカ文明と言った方がいいかもしれない。民主主義という社会の形、科学技術と経済の仕組み、西洋的なものの考え方、あらゆる学問研究、西洋文明の構造的な矛盾や欠陥が人間の心も世界をも破壊し続ける。西洋文明は科学技術と経済の仕組みに象徴される。



   科学にはミクロの世界から宇宙の果てまで、更に時間を越えて人類の心の世界を広げる顔と、科学は新しい技術の基礎となり、新しい技術は科学の進歩を助ける。新しい技術は新しいビジネスチャンスを作り出す。経済が科学技術を後押しする。三分野は相互に作用し合いながら世界を破壊へと加速するという2つの顔をもっている。



   東洋文明は言葉と言葉の間を読む、文章の行間を読む、文章の紙背を読むアナログ思考の文明、あるいは、大脳前頭前野の文明であり、西洋文明は現実世界の一面をとらえて論理的に分析し言葉や数字や数式で抽象する。言葉と言葉の隙間よりも言葉の鎖や数式で世界を論理的に、あるいは科学的に理解しようとする。西洋文明は論理的デジタル思考の文明、あるいは近視眼的石頭文明である。



   生活が快適になったり、便利になったとしても、仕合せと感じるのはその時だけであり、次の瞬間にはそれが当たり前になる。科学技術がどこまで進歩を続けても、人々の仕合せは積み重なって大きくなることはない。一瞬、知的好奇心を満足させただけ、一瞬しあわせを享受するだけである。

   科学技術が進歩した現代は、500万年前と比べて人類は仕合せになったか。しあわせと不幸とを差し引きすると、500万年前の人類と現代人とはどちらがしあわせだったかわかりはしない。



   人類の知的好奇心も本能である。人類の爬虫類レベルの脳みそ(大脳旧皮質・動物脳)はいいも悪いもない。動物エネルギーは人を際限なく科学技術開発競争と経済競争に駆り立てる。西洋文明では知性は動物脳の道具でしかない。

   人を人たらしめている大脳前頭前野は動物脳をコントロールできない。資源、食糧、経済の世界市場を巡って争う。戦争がビジネスチャンスになる。動物脳には民主主義という羊頭狗肉の表看板がある。



   ひたすら知的好奇心や功名心で科学技術の研究をする人々、ビジネスとして科学技術を研究する人々、彼らは目先しか見えず、自分が行っている研究開発が人類に不幸をもたらすことなど考えもしない。役立つ科学は善と悪の諸刃の剣であることに気づかない。

   なりふり構わぬ競争社会は人間の心を荒廃させる。人は自分のことしか考えなくなる。これ以上の不幸はない。しあわせは少しも増えないのに、不幸はどんどん蓄積して大きくなっていく。そして不幸の袋が破裂して塵芥(ちりあくた)が世界を覆う。日本昔話の「欲張り爺さん」そのものである。



   戦争という不幸があったが、昔の日本には文学、音楽など日本文化には「香り」と「詩情」があった。人々はもっと素朴でしみじみとした会話があった。貧しくても、雨露をしのげる家があればなんとか生きていくことができた。今、生活が便利になった代償として生活コストが高くなって最低限の貧乏暮らしすら許さない。

   頭の中味は現実世界の抽象でしかない知識と情報でふくれ上がり、仮想世界のかすみばかり食っているうちに、幼稚化した。日本人としてのアイデンティティを失い、現代日本人に残ったのは日本国籍だけである。



   かつての日本では家には鍵などかける必要はなかった。夏の夜は蚊帳を吊って窓を開けっ放しで寝ることができた。人々は礼儀正しく、治安の良い安心の国だった。それが今では犯罪が増えて治安の悪い国になった。

   わずかこの戦後60年間を見ても明らかに人類は不幸になった。戦争をもビジネスチャンスにする。学問が動物脳の道具になり、科学技術が動物脳の道具になり、経済が動物脳の道具になって、羊頭狗肉の民主主義が動物脳の大義名分に利用され、人類は仕合せになるどころか不幸になった。



   法律を作る。どんなに事細かく条文を作っても必ず隙間ができる。かつて問題になった事細かすぎる「校則」も、膨大な保険の約款にしてもそうだ。問題が発生するたびに際限なく詳しくなっていく。人間の倫理感が欠落すれば、法律の網にかからないことがたくさん起きる。論理的思考で作られた条文でアナログな現実世界を尽くすことは不可能である。



   西洋文明が世界を支配する経済中心の競争社会では無駄な物と金と情報やサービスがぐるぐる回り、資源を消耗し、環境を破壊していく。ますます経済発展しGDPを拡大しながら二酸化炭素排出を削減するなんて矛盾したことが一体できるのか。破綻は時間の問題でしかない。人類が生き延びたければ、欲求を制限する以外に道はない。