飽食社会

Thu.July.03.2003
Wed.July.15.2009

[ハイサーイ!私の徒然草]

 戦後焦土と化した日本が復興し、日本製の電気冷蔵庫が普及するまでは、牛乳などはにおいを嗅いだり、ちょっと口に含んで味を見る。少しくらい味が変わっていても飲んだ。いたみかかった牛乳は香りがなく舌を刺す。

 めったにはなかったことだが、幼い頃、白い磁器製のカップから新鮮な牛乳を飲むとき、口の中に広がるあの香りが懐かしい。今の牛乳にあの懐かしい香りがない。

 戦後、電気冷蔵庫が普及するまでの、昭和20年代の木製冷蔵庫は上下に収納部があり、上には氷、下には食品を入れる。内側はトタン(鉄板を亜鉛メッキしもの)張りで断熱材も使ってない。氷は燃料店が配達してくれた。これも食品を取り扱う商売用であってどこの家庭でもあるというものではなかった。断熱材としてもポリスチレンなどの石油化学製品はなかった。

 冷凍食品など想像もできなかった。保存食のほとんどは乾物、干物、塩漬け、味噌漬け、缶詰である。戦後だったか、もののない時代に、ラベルも貼ってないタケノコの缶詰を2個もらったのを知っているが、あれはどうなったのだろう。食べた記憶がない。食物はときどき火を通して殺菌して腐敗を防いだ。ご飯は臭くなっても食べる。真っ白い白米のご飯などは銀飯(ぎんめし)という。そう銀飯など食べられるものではない。七分搗きのご飯か麦飯である。池田総理大臣が「貧乏人は麦飯を食え」といって問題になった。

 電気冷蔵庫がない時代には人々はそれなりに知恵をはたらかせて生活していたのに、経済発展してお金と物が世の中をぐるぐる回っているうちに、人間は頭も身体も働かなくなった。

 食品の賞味期限を1日〜2日過ぎたからといって突然腐るというものでもない。冷蔵庫の中の食品をただ賞味期限が過ぎているというだけで処分してしまう。家庭だけでなく、外食産業でも、コンビニでも、スーパーでも、売れ残った食品が毎日大量に廃棄される。  戦後、経済発展をした日本ではそういう無駄を許してきた。それは、食品ばかりではない。漫然と物を買い、使い捨て、お金がぐるぐる回る。お金で提供される物やサービスを追いかける。現代しか知らなければこれが当たり前であり、過去を知っていれば飽食社会だと感じる。それを知ることが温故知新だと思う。