経済大国がなぜ貧しい

Mon.Mar.15.2004
Tue.June.09.2009

[ハイサーイ!私の徒然草]

    1945年、太平洋戦争に負けてアメリカのニュースが入るようになる。日本とは比較にならないほど豊かな国だということがわかった。アメリカから観光客が来た。彼らは気前よく買い物をしているように見えた。

    それはつい数年前までの日本もそうだった。海外旅行でもすれば、日本人はお金を持っていると思われ、海外でお金にものを言わせて好き勝手して、恥をさらしてきた人達は経済が失速した今、どうしているのだろうか。

    インフレは収入も上がるが物価も上がる。お金と物とサービスがぐるぐるまわって、人々は無駄遣いをして、貨幣価値はどんどん下がっていった。預金すれば、利息で金額は増えても、それ以上に貨幣価値は急速に下落する。金額はそのままで、目の前にあるお金がどんどん収奪されていく魔法のような社会システム。

    当時は固定金利だったから、金利が低い早い時期にお金を借りて家を建てておけば、インフレで収入はどんどん増えて、返済はすぐに済んだ。お金は借りた方が得だった。お金は使わなければ溶けて流れるから右から左に使った方が得だ。

    しかし技術革新が早かったから、物を買ってもすぐに買い替えの時期が来た。そういう風だから何もかもが使い捨ての安物ばかり。非常に高い買い物ばかりしてきたことになる。お金が世の中をぐるぐる回り、物がどんどん捨てられていった。

    土地こそ確かな財産という信仰があった。山の山のダムの近くまで住宅地が開発された。ところが経済がつまずいて土地の価格は急落し、ふと気がつけば土地余りの時代が来た。少子化でこれからはそんなに土地は必要ない。

    なんでこんな不便なところに土地を買ったのだろうと気がついた。バス路線は廃止になり、車がなくては生活できない。とても老後はここには住めない。

    おまけに地下は3分の1にもなっているのに、地価高騰時の高い固定資産税が下がらない。不服申し立てをしても、課税を担当する部署が審査するから意味がない。土地は資産ではなくて、地方自治体が有無を言わさず高い税金をもって行く貧乏神になった。

    不況になれば、地価の暴落と株の暴落で資産が融けて、すべての人が損をしたということはありえない。どこかに集中したに違いない。好景気のとき無駄づかいした人はお金を有効に使ったことになったのか。すべてが幻想である。

    終戦当時もインフレだったから見る見るうちにお金が紙くず同然になった。お金を手にしたらすぐに物に換えなきゃという時代だった。物の寿命は短かった。お金を貯金して溶けるか、安物を買って物で溶けるか、融けてなくなるのは同じである。

    経済発展すればするほど生活コストは高くなる。お金が社会全体に回っている限りなんとか自転車操業ができる。

    しかし社会の仕組みが変わって「競争原理」が野放しにされると、一気に格差が拡大する。全体的に底上げされればまだしも、国の富、世界の富の総量には「限り」があるから、最低限の生活コストを維持できない人々が急増して当たり前である。構造的なものだから、これを自己責任というのは酷である。

    電気、ガス、水道、水洗トイレ、車、コンピュータ、高性能化するテレビ、その他の家電製品・・、科学技術が進み、経済発展すればするほど生活コストが上がる。お金がないならないなりの生活をしたいと思ってもそれを許さない社会である。

    保育園、幼稚園、塾、高校、大学、大学院・・・、半世紀昔はこんなにも学校には行かなかった。さらに1世紀も昔は小学校までで働きに出た。しかし、今よりはるかに立派な人物が育った。人間力ははるかに高かった。子どもを塾に通わせれば学力がつくというのは幻想である。勉強すればするほど頭は働かなくなる。

    一方に、戦争支援のお金を出す国があって、破壊された国の復興支援のお金を出す国があって、他方では戦争や復興事業でふくれ上がる戦争ビジネスがある。大儲けした国の中にも大儲けした人達と正義の名のもとに犠牲になった人達がいる。戦場となった国には何の補償もない多くの犠牲者がいる。

    戦争やテロで富を破壊し、人を傷つけて、ふくれ上がる人たちと、犠牲になる人たちとがいる。世界全体としてはますます貧しくなる。資源を浪費すればするほど経済的に豊かになる、戦争やテロで大量破壊して経済が活性化するおかしな世の中だ。そんな豊かさが際限なく続くはずがない。GDP神話はいい加減にした方がいい。