| [ハイサーイ!私の徒然草] | 小春日和の韓国語のお勉強 |
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〜監視が行き届かぬケースもある〜 朝日新聞2012年1月17日見出しである。 やむをえない事情もあるかもしれないが、かつて、私が受験生の頃の定期試験、模擬試験、入学試験、それに私が教師になってからの40年間の経験からしても、学校の定期試験、模擬試験などで、たかがこれくらいの時間でトイレに立つ生徒はほとんどいなかった。 試験中にトイレに行くというのはよほどのことだった。既に試験時間が半分も経過していれば、再度教室に入れなくてもいいからトイレに行かせてくれというケースもあった。こういう場合真実味があった。 しかし、試験中にトイレに行くというのはよほどことだった。わたしが受験生の頃だって前夜一晩中下痢と腹痛で眠れなかった。このときだって、腹痛が起きないように朝食抜きで入試会場に向かい、事なきをえた。自己責任の意識が強かった。 試験中のトイレは皆無にはできないかもしれないが、「相次ぐ」というのは異常だ。昔でさえもトイレに入れば中までは監視が行き届かないからカンニングはありえた。昔は「相次ぐ」というようなことはなかったから、信頼の範囲ではあった。しかし、昨今のようにネットが浸透すればカンニングの可能性はありと考える方が自然だ。 こうなれば、トイレのドアを開けて監督要員をつけてカンニングを防ぐしかない。入試要綱に規定しコンセンサスを得るべきだ。 人間を信頼しないのか!とか、人権問題だ!という言い分があるかもしれないが、本当にやむを得ない時はこういう措置もルールとして受け入れるべきである。それがいやなら追試験を受けるべきだ。 単にこらえ性がないだけだと善意にばかりは解釈できないのが現代である。エスカレートすれば収拾がつかなくなる恐れがある。 ※ 昨年は携帯を使ってのカンニング事件だった。これは出来心ではない。計画的で悪質だ。だいたいこういう人生観の持ち主が大学教育を受けてまともになるのか。大学とは一体なんですか。就職の踏み台ですか。こういう人生観の持ち主たちが大学に入り、就職して企業の幹部になったら、政治家になったら、官僚になって出世したらこの世の中はどうなるのか。 |