アラスカ物語/新田次郎(新潮文庫)
An Alaskan Tale/by Jiro Nitta  translated by Motokuni Eto
(Yahoo! books shopping, ISBN:0819173894 university press of America 02/01/1991/208page)

 アラスカの救世主と呼ばれたフランク安田(安田恭輔)のノンフィクション

Mon.April,30,2001


ハイサーイ!私の徒然草 (Top Page) An Alaskan Tale (English) フランク安田の系図 (Frank Yasuda's Relatives) フランク安田の系譜
University of Alaska フランク安田の写真 妻・ネビロの写真 TBS 世界不思議発見・第389回
(1994.02.26)
アラスカの星

    日本とアラスカの関係は、1893年フランク安田にはじまる。新田次郎氏がフランク安田の故郷の宮城県石巻市とアラスカで徹底的に調査をして書き上げた、アラスカ物語/新田次郎著(新潮文庫と単行本)はアラスカの救世主と呼ばれた1人の日本人(安田恭輔・私の祖母の従兄)の記録である。北大路欣也主演で映画にもなった。しかしこの本も絶版になって久しい。


    フランク安田は沿岸警備艇ベアー号のキャビンボーイとして働いていた。冬にはアラスカの海は凍る。鯨の密漁船を深追いして、警備線が氷にとじ込められて春まで動けなくなった。


    食料を確保しなくてはならないが、ハーローまでは遠く、凍てつく漆黒の闇の中を星を頼りに行かなくてはならない。生きて帰るのは奇跡に近い。誰も行こうという人がいない。恭輔が1人でバローに救援を頼みに行く決断をする。


    安田は食料を確保するために一人で暗黒と吹雪の氷原をポイントバーローに向かった。そして彼は奇跡的にバローに辿りつき、というより、バーローが近くなったところで倒れて気を失っていたところを住民(エスキモー)に助けられた。


    警備艇に物資を届けた後、バーローに残る決心をした。その時バーローはまさに食料危機にあった。
(クジラが大型捕鯨船による乱獲で減少し、次々に餓死者がでるという食糧危機に直面していた)


    一躍、恭輔は鯨とりの名人になり、イヌイットのリーダーになった。イヌイットの娘ネビロと結婚した。ネビロが言うには恭輔はイヌイットよりイヌイットらしかったといい、恭輔はネビロはクリスチャンで近代的な感覚の持主で、それでいてとても日本的な女性だったという。


    安田は全住民を引き連れてユーコン川のバンクスに民族大移動をした。インディアンと話をつけて、そこに彼はビーバー村を設立した。政府が援助の食料を送っても、海岸のイヌイットは鯨の生肉しか食べない。それに山に定住すると食料はカリブーということになる。


    恭輔は日本に戻ることなく、イヌイットのために全生涯を捧げ、1958年にその生涯を閉じた。


    彼の生い立ちは?なぜ彼がアメリカに渡ったか。かれは石巻で由緒ある医学者の家系に生まれたけれども、上の兄まで医学者になったが、父親が亡くなって学校に行けず、石巻の汽船会社に就職してアメリカに渡って、警備艇に乗り込むことになった。


    なぜ、バーローに残ることになったのか。正義感が強かったことや、日本人だったことで船員たちから濡れ衣を着せられたり、様々な苦労をした。


    民族の大移動を成し遂げるまでの様々な困難との出会い。金鉱の発見。金鉱を発見したら秘密裡に事を進めないと命が危ない。最初に川砂の中に金を見つけたのはネビロで、その後フランク安田は金鉱山の一大事業家になる。お金を自分のために蓄財することはなく、すべて村やイヌイットのために使った。


    アラスカ物語/新田次郎著(新潮文庫と単行本)は絶版になって久しい。インターネットで30冊近く買い集めた。娘のハルさんはアラスカ大学の教授になったと聞いている。以前日本のフランク安田の子孫について知りたいという、ネバダ大学のイヌイットの学生からメールが来たことがある。


    英訳本:An Alaskan Tale/by Jiro Nitta translated by Motokuni Eto
(Yahoo! books shopping, ISBN:0819173894 university press of America 02/01/1991/208page)