60年安保時代から半世紀

Tue.July.01.2008

[ハイサーイ!私の徒然草]  

   60年安保の頃、私はちょうど学生だった。学生は電車通りで「安保!反対!」のシュプレヒコールを繰り返しながらジグザグデモをして機動隊ともみ合い、アメリカ領事館前で抗議した時代である。当時は学生運動も組合闘争も激しい時代だった。

   私は最初は政治的関心はなかった。こうして少しずつ目が開かれていった。学校卒業後、○○県の高校に赴任した。○○県は○教組事件で知られているが、高校の組合活動はまだまだ穏やかだった。○○○高校に転勤した時は、東大の卒業式の式辞の原稿にあったと言われる、「太った豚になるよりやせたソクラテスになれ」で有名な大河内一男氏の「社会思想史」(上・下卷)を読んでいた。

   社会問題に興味があるみたいだから、分会役員を引き受ける気はないかと言われ、願ってもない機会だったので引き受けた。本を読むだけでなく実際に活動してみることは意味のあることだった。ずいぶん勉強させていただいた。

   数年後、○○県の高校に転勤した。組合闘争は激しかった。闘いだからいいも悪いもない。私は政治学者の著書を読んで考えるところがあったから、組合の現実にそのまま染められるということはなくて、よくない面については批判もした。

   私はノンポリ(政治に無関心な人)は大嫌いだった。御用組合に入って体制側にすり寄る人たちも大嫌いだった。組合を踏み台にして出世することが目的の人も、国会議員になることが目的の人も大嫌いだった。

   しかし、組合活動が激しかった時期には、どの人が本物でどの人が偽物かは見極めはつきにくかった。組合に入らなければ疎外され、組合の方針に反すれば吊るし上げられる。これが組合のいけない面だった。

   それまでは組合員でなければ管理職になれなかった。はっきりしてきたのは、組合が落ち目になった時である。管理職になるのが目的だった人は次々に組合をやめていった。

   管理職になった途端に組合に刃を向けてきた。組合員だった頃とはまるで反対のことを言う。そりゃあ私が批判していたように、組合の悪い面もあった。しかし組合は基本的にはなくてはならない組織である。組合員になって社会の現実に目が開けたことも確かである。

   高度経済成長期になると、若い人たちが組合に入らなくなった、組合員の数は減り、「連合」ができたときから高校の教職員組合は闘わなくなり、協調がはじまった。

   若い世代が第二組合に加入して保身をはかり、闘うことを忘れ、骨抜きにされて久しい。かつての学生運動は跡形もなくなり、大学祭はアイドルを呼んでのお祭りになり、今はどうなったのだろう。

   文化には香りがなくては文化とは言えず、大学には学問の香りがなくては大学とは言えない。この「香り」の源は「心」である。

   それはさておいて、韓国ではアメリカからの牛肉輸入再開問題だけで政権を揺るがすような国民的抗議行動が起きた。その国民のエネルギーはすさまじい。すさまじい学生運動や労働争議のできた50年も昔の日本を彷彿とさせる。

   現在の日本にはこれだけ問題が発生していながら国民の怒りが爆発しない。不思議な国である。タイタニック・ジャパンはどんどん沈んでいく。誰も責任を取る人間がいない。船長もクルーも客も手をこまねいているだけである。空恐ろしくなる。

   第一、閣僚の顔に覇気がない。目が死んでいる。自分の言葉で熱く語る閣僚がいない。まさに非常事態である。社会の上から下まで自分のことしか考えない輩ばかりである。

   親も学校も社会も競争原理が支配する学力競争の中で自分のことしか考えない人間を大量に生み出してきた。切磋琢磨は必要でも、教育に競争原理を持込んではならない理由がある。

   総評が解体して連合ができるとき国際競争に勝つために労使協調が必要だと言った。労使が仲良くやっているうちに、今では非正規雇用の形で多くの人々が労働を徹底的に搾り取られることになった。正規社員といえども時間外手当も支払われず低賃金で無定量に使われるひどい時代になった。

   闘わなくなったつけが全部今巡ってきた。人材を使い捨てにするようでは、そして雇用の安定がなければ、国はそのうち滅ぶ。

   世界の富は無限大ではなく、限りがある。限りある富を一部の富裕層が吸い上げていけば、残りの多数は限りなく貧しくなる。国家間の格差拡大、国内では国民間の格差拡大がひどくなる。GDPが大きくなれば国民全体の底上げになると言うのは大うそである。

   この日本にも良識は残っているが、闘うエネルギーがない。つぶやくだけである。そして無視され続ける。