| ハイサーイ!私の徒然草 | 小春日和の韓国語のお勉強 |
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原子力発電のような究極の差別に文科省や法務省は見て見ぬ振りをするのか。なぜ学校教育でも、社会教育でも、これほどの差別を問題にしないのか。 これほどひどい差別があるか。しかも国がその片棒を担いでいるではないか。文部科学省も各県の教育委員会も、地教委も、校長も教頭も教員も、あれほど同和教育をいいながら、こんなにひどい差別は見てみぬ振りか。これまでの同和教育・人権教育が偽物だったことの証拠である。 原発をやめると電力が不足して日本経済が成り立たなくなる。電気料金が値上がりして企業が海外に逃げる。こんな脅し文句がよく言いえるものだ。では、原発大事故が起きたらどうかとたずねたい 彼らは福島原発の事故で被害を受けている人々のことなどこれっぽっちも念頭にない。私は彼らを人間として許せない。 今日のNHKスペシャルをで、原子力安全委員会の中にも経済がどうの、電力供給がどうのと原発推進論を延べる人物がいる。原子力安全委員会にまでも原発マネーのご用聞きがいる。原子力安全委員会の委員が原発推に言及するのか。こうなると原子力安全委員会も信用できない。 原発の安全性については、安全基準とやらを決めてそれに照らして安全だという。しかし実際には安全ではない。思考停止するために安全基準があるようなものである。 福島原子力発電所事故のような事故ばかりではない。過去にはいくつも事故があっている。放射能漏れもあっている。運転免許更新のときに講習でよく言われるように、小さな事故が何度もくり返しているうちに大きな事故が起きる。点検項目が何項目あるか知らないが、項目をいくら追加しても到底事故は防ぎ得ない。検査項目と検査項目の間に限りない危険が潜んでいる。原発はアナログな生き物で、飛び飛びのすき間だらけのデジタル検査項目で危険箇所を網羅できる訳がない。 定期点検で合格したから安全だというのは気休めである。安全などありえない。仮に何10年に一度であっても事故が起きれば元も子もない。原発に関する限り確率で論じることはできない。 原発推進族は安全なエネルギーなんてないということは分かっているらしい。軽く言うけれども、自分たちが家族全員で原発のある過疎地に定住するかと言えばそれは絶対にない。他人ことなのである。 原子力発電というのは過疎地に対する「究極の差別」である。国が片棒を担いだひどい差別だと発言する人がほとんどいない。 日本の原発は安全だと言う安全神話、原発はクリーンエネルギーだという嘘、いかにも二酸化炭素を出さないかのような嘘。それに二酸化炭素は出さなくても放射能は出す。地球温暖化とは関係ないという嘘、原発はコストが一番低いという大嘘、全部嘘ではないか。全部逆だ。 嘘で塗り固めるために原発マネーがどれほど投入されたか。コストが安いといったって、維持するのは原子炉だけではない。国民の税金でまかなわれている大切なコストは全部外して計算している。そんなにコストが安いのなら、今回の原発事故の損害賠償は全額東京電力で負担すべきである。 それから使用済み核燃料をどう処理していいかメドすらたっていない。青森県の六ヶ所村の処理施設にしてもいつ完成するのか、そのメドもない。 再処理施設が仮に竣工したとして、再処理の過程でハイレベルの放射性物質を含む処理水を除染もしないで青森の海に垂れ流す予定ではないのか。 全国の原子炉から持ち込まれた放射性廃棄物の処理だって、子どもが考えそうな形で保管するのか。仮保管程度で、どんどん保管場所は埋められていく。使用済み核燃料は何億年も何十億年もそこにある限り冷却し続けなくてはいけないというではないか。ウラン238の半減期は45億年。プルトニウムだって38万年。ウラン235だって7億年である。責任もてるのか。冷却トラブルが起きれぱ今度の原発事故の再現だ。危ないのは原子炉だけではない。 そんな遠い将来まで放射線は出るわ、冷却を続けなくてはならないわ、地震・津波で冷却できなくなれば大変なことになる。地震津波だけか。また想定外が起きる。青森の地元だって全国の放射性廃棄物の持ち込み反対、使用済み核燃料持ち込み反対です。最近の知事に対するアンケートでも、22県の知事が放射性廃棄物処理施設受け入れ反対と言っているではないか。 そんな危険なものを副産物として原発は作り出すのに、その安全確実な処理技術は将来もありえない。人類が劣化するかもしれない。維持する経済力がなくなるかもしれない。放射線まみれになること必至である。 危ないから原発を嘘で塗り固めて、交付金をちらつかせ、雇用をちらつかせて、財政的に苦しく、雇用の少ない過疎地の人々にばら色の生活を期待させて原発を受け入れさせた。これはだまし討ちである。 最初から、事故が起きれば生命を失うかもしれない、故郷には二度と戻れなくなる、生活も故郷も破滅だとわかっていれば受け入れなかったかもしれない。国も電力会社も過疎地の人々を騙したんじゃないか。悪質である。国も加担している。こんな物が国策と言えるはずがない。 それから、もうひとつ騙しがある。それは立地予定の人口数千の自治体が同意すれば原発を作ることができる。隣接する自治体、当然被害を受ける可能性のある周辺自治体に説明もせず、同意も得ないでいいという仕組み。これは騙しである。人口数千の過疎自治体だけを騙して丸め込めばいい仕組みは国が作った。 今回もストレステストが原発再稼働の条件かという質問に対して、海江田大臣が言った。立地自治体の受け入れだけでよいと。まだ国のだまし討ちの構図は変わっていない。 それでも原発をやるのか。人間としての倫理感欠如じゃないかと思う。電力不足で国が滅ぶ前に、原発と倫理観欠如という人間劣化で国が滅ぶ。 |