| ハイサーイ!私の徒然草 | 小春日和の韓国語のお勉強 |
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これは2011年12月30日朝日新聞朝刊一面の見出しです。 記事の書き出しは 「東京電力福島第一原発から千キロの佐賀県武雄市役所。11月末、千件を超えるメール、電話が殺到した。」とある。 この見出しを見て、一瞬、ああやっぱりね、武雄市がせっかく被災地の瓦礫を受け入れようというすばらしい決断をしたのに、また一部地元住民が抗議したのだと思った。ところが、さらに読むと、 「安全な九州を守って」。被災地のがれきを受け入れるという市長の方針に向けられた抗議は、ほとんどが県外からだった。 「離れている方も声をあげて」。首都圏からネットで抗議を呼びかける人々もいた。 匿名の脅迫もあり、市長は数日で方針を撤回した。被災地でボランティアを経験した市議は言う。「なんで部外者が口出しをするのか」 自分の地元に瓦礫がやってくるわけでもないのになぜか。なぜ、首都圏の住民がはるか九州の武雄市の決定にまで口出しをし、抗議するのか。放射能汚染した瓦礫だって、首都圏の人々が使いたい放題電気を使った東電の原発事故が原因ではないか。勝手すぎはしないか。 いつかは深刻な被害を受ける可能性が高い首都圏に住む人たちが玄海原発再稼動に抗議するのであれば理解できる。この瓦礫受け入れの問題とは別の話である。武雄市に原発を作ろうというわけじゃない。 東日本大震災と福島原発事故で被災したのは確かに福島、宮城、岩手といった地方である。復興資金ばかりではなく、瓦礫処理にしても被災地だけで処理しきれるわけがない。 被害を全国で分担し合うのは当然ではないか。「絆」だとかなんだとかきれいごとばかり言って、現実問題に直面すると、被災地に何一つ協力する気がない。被災地を迷惑扱いしているではないか。首都圏の人間がなぜ「安全な九州を守って」と呼びかけまでするのか。 武雄市に対して「匿名の脅迫もあり」とあるけれども、何の恨みがあって武雄市に対してこういうことをするのか。 私はこういうことをする人間は、人間であって人間らしい心など持ち合わせない腐った現代社会の象徴だという気がする。 放射能に対する不安があるのならば、なぜ抗議の矛先を東京電力や原発マネーに向けないのか。抗議の相手を間違えているのではないか。放射能を撒き散らしたのは誰かを忘れてしまっているのではないか。 私は九州人です。しかし首都圏の人々から「安全な九州を守って」などとは大きなお世話である。なぜ原発企業にその抗議を向けないのか。原発がある限り「安全な九州」などありえない。10年先か20年先か、いつかこの福岡も佐賀も今回の福島と同じ目にあうことは確実だからです。 東北がこんな大被害を受けたということは、私たち日本全体が被害を受けたということです。同じ日本に住んでいて、自分だけは放射能被害を受けたくない、瓦礫のような余計なものを受け入れたくないなどという人々というのは一体どういう心の持ち主なのだろうか。 少しずつ被害を分け合うのは仕方がない。これから先、福島原発の廃炉までにはとんでもないことが起きる可能性だってある。いやでも放射能汚染食品を食べなくては生きてはいけないときがくるかもしれない。 世界各都市の放射能汚染レベルも一度調べてみた方がいい。私はびっくりしました。どこへ逃げてもこの日本より安全な場所はそう多くない。 このままいけば、いずれ地球全体が放射能まみれになる運命にある。それを食い止める方向で抗議をしなくてはいけないでしょう。抗議の相手を間違えているのです。 いやでも自然放射能は蓄積していきます。単に東北地方だけの問題ではない。目先のことばかり考えずにもう少し長い将来まで達観して行動すべきではないか。 私は東北の食品を取り寄せて食べています。この際全国の米を全部混合して販売してはいかがですか。放射能は薄まるでしょう。ブランド米だとかなんだとか言っている場合ではないでしょう。皆で分け合うのです。いやなら海外に移住すべきです。その逃げた先がもっとひどかったりして。知らないだけではないですか。 朝日新聞のこの記事の最後は、「何を言ってもわからない人はいる。そういう人を納得させるのは無理だ」と結ばれている。私もそう思います。原発のこんな深刻な事故が起きたにもかかわらず、性懲りもなく原発を推進していこうとする人々にもいい加減愛想が尽きています。 要するに長年の学力競争で似非勉強をしてきた日本人、インターネットだ何だとかでつまみ食いの知識を頭に詰め込んで、まともな判断力ひとつない日本人が、冷静に物を考えるのではなくて短絡的にパニックに近い反応を繰り返しているとしか思えません。 今の政治もそれに近い。 |