電力会社はまだ目が覚めないのか

Fri.Apr.22.2011

ハイサーイ!私の徒然草 小春日和の韓国語のお勉強
環境エネルギー研究所
 東京電力社長が福島県知事を訪問した際に、知事は穏やかではあっても言うべきことをきちんとおっしゃった。

 避難者からも厳しい発言があったけれども、人が好いというか、「早く原子力発電所を正常化してください」というような東京電力に対して甘い発言があった。

 ひどいのは、東電社長に「起きてしまったことは仕方がない、頑張ってください」と言う被災者もいた。冗談ではありません。

 私は被害者はもっと激しい言葉で怒りをぶつけるべきだと思う。原発を段階的に廃炉に持っていくように迫るべきである。正常に動いている間ならば廃炉しやすい。

 今回のような事故が発生してからでは燃料棒が破壊されて、その処理が非常に困難になり、チェルノブイリのような原子炉の石棺が方々にできて永久に墓守をしなくてはならない。そのコストは計り知れない。

 話は変わるけれども、九州電力の玄海原発の定期点検で止まっている原子炉3号機の運転再開の予定が4月下旬から5月下旬になり、さらにきょうの朝日新聞朝刊によれば、6月以降にずれ込むことになったそうである。

 記事の中の「地元の同意がなくても原子炉は再起動できるが」という言葉に非常に不快感を感じた。それに「地元の同意が得られないから再起動を見合わせる」というような書き方になっていた。そもそもそういう考えが私はまだ認識が甘いと思っている。地元が同意するしないの問題ではない。

 地元の同意だけではなくて、長崎、福岡、熊本、大分などの周辺自治体の同意も、いえ、国民全体の同意が必要である。単に人口数千か数万程度の地元自治体の問題ではない。事故が起きない保証はない。放射能事故はその深刻さにおいて他の事故と同列で考えるわけにはいかない。

 チェルノブイリ、スリーマイル、福島原発と事故が現実に起きている。すべてが想定外です。想定外でなくて事故なんて起きはしない。玄海原発だけは事故が起きない、日本の原発だけは安全だと言えるはずがない。先日の朝日新聞の記事によれば全国の原発の中で事故に対する対策は玄海原発はまるで不十分ではなかったか。

 今回の福島原発の事故で被害を受けたのは地元だけではなくて、周辺広範囲に被害は及んだことを目の当たりにしたではないか。。玄海原発で事故が起きれば被害は広域に及ぶ。利害関係者の同意なしに再稼動してはいけない。九州電力はこの期に及んでもまだ地元さえ納得させればいいと、国民を軽く見ている。

 自由主義経済は競争の原理で動いているから、エネルギー消費は減少するはずがない。電力が足りないから原発を作るという考えだと、今後原発を際限なく増設しなくてはならない。原発の数が増えれば増えるほど事故発生の確率が高まる。原発では放射能漏れはもちろん、大小いかなる事故も起きてはならない。

 産業革命当時は空は無限に広いから、工場から煙でも二酸化炭素でも出し放題にしても拡散してしまえばなんと言うことはなかった。今では二酸化炭素の排出量が深刻になった。石油の埋蔵量も底をつく。

 だから火力発電から二酸化炭素を出さない原発に切り替えていこうということにはならない。二酸化炭素とは比較にならないほど危険な放射性物質を想定外の大小の事故のたびにまき散らすことになる。

 これまでもアメリカの広島、長崎への原爆投下、ビキニ環礁での核実験、深海での核実験、砂漠での地下核実験などさんざんやってきた。中国だってインドだって、核兵器保有国は同じような核実験で放射性物質を地球全体に撒き散らしてきた。すでにこの地球の放射能汚染は相当に進んでいると考えるべきです。

 放出された放射能物質は拡散して自然放射線の一部になり、やがてこの自然放射線が看過できないレベルまで増大することになる。すべての生物の食物連鎖のバランスの上に人類がある。他の生物が滅びて人類だけ生き延びることはありえない。

 電力会社も、電力会社から献金をもらった政治家も、政党も、御用学者も、マスコミもまだその深刻さが想像できないのだろうか。わかっていて原発を推進しようとしているのだろうか。

 この期に及んでもまだ原発から撤退という声が電力会社からも、政治家からも聞こえてこない。連日テレビで原発問題を取り上げているけれども、脱原発の声は聞こえてこない。アメリカやその他の先進諸国が脱原発の動きが出てこないと日本独自で判断し決断するだけの頭はないのか。

 この社会では、目先しか見ず、金、金、金、物、物、物と追いかけて、「後は野となれ山となれ」という社会らしい。