国、全原発にストレステスト

Thu.July.07.2011

ハイサーイ!私の徒然草 小春日和の韓国語のお勉強
環境エネルギー研究所
 またも岸本英雄玄海町長は「ストレステスト追加したのはやっつけ仕事だ」「テストが終わるまで運転再開しないというのであれば、私が再開容認した意味がなかった」と国を批判した。

 しかし、福島第一原発の大事故の後始末も済まず、詳しい検証もできてはいない、安全基準にしても以前のままである。だから国は気がついた個所からとりあえず点検を指示して再開を認めた。しかしそれは安全を保証するものではない。

 こういう不透明な状況だから、自治体では県は県なりに、町は町なりに、独自に原発に対してどう対応すべきかの判断を迫られる。全て県なり、町なりの自己責任だというくらいの覚悟で態度を決める必要がある。

 だからどこの自治体でもきわめて慎重になっていて、軽々しく運転再開容認の決定ができるはずがない。

 ところが、玄海町は3月11日の事故があっているにもかかわらず、そのことを深刻に考えることもなく、議会民主制だから議会が多数決で決めればいいというほど単純思考である。何らかの形で直接民主主義に近い形で住民と話し合う必要があったのにそれを怠り、早々と容認を決めてしまった。軽率である。

 町長がこんなに早々と原発再開容認したのは、3月11日に何が起きたのか、今、日本で何が問題になっているのか、今、国民が何に重大な関心寄せているか、周辺の自治体がどれほど心配をし、迷惑に思っているか、そういうことに対しする人間的な感受性が欠如していることにある。

 狭い玄海原発村の中で浮世離れした仙人のような感覚で生活してきたのだろう。原発村の中の目先のことだけしか見えないとんでもない仙人である。

 今回のストレステストの件にしても、言動からして、なぜそんな面倒なことをするのかとか、いじわるしているのだとしか思っていないのかもしれない。

 構造物の設計には重要度に応じて大きな安全率を乗じて想定できる範囲での余裕をつけて設計してある。しかし年数がたつに連れて材質の劣化が進む。これは検査項目の規定通りの点検では発見できない可能性がある。

 年数がたてばたつほど想定できない事故の確率が高くなる。玄海原発は何才ですか。相当にご高齢でしょう。念には念を入れておいた方がいい。できたら廃炉の方向で準備を始めてもらいたい。人間も高齢になると頭が老化してくる。老化した頭では判断を誤る。

 佐賀県の知事は町長とは逆に、お上にいちいちお伺いを立てて、「大丈夫ですよ、知事さん。国が責任もちますよ」と言ってもらわないと、ほとんど自分で判断ができない、決断ができない。しかし迷うだけ玄海町長よりはましである。

 この箇所については考えを変えた。原発再開を自らきめると県民の意思に反する恐れがある。あくまで慎重を装う必要がある。国に『再開しなさい』と言ってもらえば、国に責任転嫁できる。だから歯切れが悪いのではないか〜と思いました。

 民主党政権は原発マネーの毒の回った経産省と闘ってほしい。経産大臣は原発推進族の素である経産省のご用聞きになってはいけない。