堪え難い目のいらいら



Wed,Mar.25,2009

[ハイサーイ!私の徒然草]

[最初の危機は自力でクリアした]

● 1989年5月の検査では尿酸値が8.5と異常に高くなっていることがわかった。その前年の1988年には知人の医院で検査してもらったときにも異常に高く、医師の「いずれ痛みだす」と言う言葉を軽く考えていた。当時、健康に関して無頓着だった。1990年5月の職場の検査で、「一刻も早く治療を受けるように」と言われてはじめて事の重大性に気づいた。

 早速、私立大学病院の内科に行った。信じられない話だが、医師は、今このくらい多いものです、治療するほどのことはありませんと言った。放っておいていい訳がない。私は自分で何とかしようと思った。当時朝も昼も晩も腹一杯食べていたから、肥満していた。

 自分で出来ることは減量くらいのものだ。食事の栄養バランスを崩さずに1日1800キロカロリーを守った。3ヶ月で3kg、6ヶ月でさらに3kg減量した。尿酸値も上限値の7.0まで下がった。医師はどうやって尿酸値を下げたのかと逆に聞いた。

 1年経った頃、さらに毎日1時間のウォーキングを追加した。身体は羽毛のように軽く感じて快適だった。空腹感は快かった。雨が降って運動に出られない日は気持が悪かったから、傘をさしてでもウォーキングに出た。すべてが快調だった。少なくとも平成7年(1995)3月までは快調だった。


[多忙が生活習慣を崩し、様々な不具合が出はじめた]

● 1995年4月から1998年3月まで多忙で食事の習慣も運動の習慣も完全に崩れてしまった。その間以後に様々な健康上の問題が起きてきた。

 2000年3月に定年退職したけれども、その2、3年前から様々な身体の不調が入れ替わり立ち替わりあらわれるようになった。不眠、血圧の上昇、床から上がってくる冷気と天井から吹き付けるエアコンの暖気による足腰の冷えと堪え難い頭痛と吐き気、それに退職後数年経った頃には、目の苛々、全身に走る堪え難いいらいら感に悩まされた。やがて、現れる症状はさまざまでも、その原因は1つではないかと思うようになった。

 秋の終わりから冬にかけての足先が痛いほどの冷えと吐き気を催す頭痛は、福岡工業高校に転勤してからは、足温器で足を温める、頭寒足熱によって解消した。

 その他の不具合は尿酸値のコントロールくらいだった。7.0まで下がっていたから、近くのクリニックの医師は薬で下げるほどではないと言った。

 しかし、過去、高尿酸の時期が長く、血管および全身に尿酸が沈着しているはずだから、全身から尿酸を洗い流してしまうためには、尿酸値はもっと下げておかなくてはいけないと言って薬を出してもらった。

 あれから、10年近く経った今、九州中央病院の医師から、尿酸も血管老化に重大な影響があることがわかった。あなたはすでに10年前に治療の先取りをしていたことになると評価していただいた。

 血管の老化の状況は眼科検診でおおよそわかる。2年おきくらいに眼科検診は受けてきたが、私の場合血管の老化は進んでいないといわれてきた。とは言っても年令相応ということだと思う。

 2006年頃内科で頭部CT撮影を受けた。萎縮していないでしょうかとたずねたところ、いえ、年令相応ですとの答えだった。年令相応という答えは安心指定医のかどうかわからなかった。私が画像を見た限り萎縮はないように思った。それで最近もう一度たずねてみた。当時の写真を見て、医師は脳の萎縮はありませんと言った。

 記憶力はといえば、どうでもいいことはすぐに忘れるけれども、若い頃より要領がよくなったためか、むしろ記憶力は高まっている。記憶力と年令は関係ないとさえ感じている。

 今、わかっている限り、私は血圧が7〜8年前、博多棈松高校に常勤講師になるために6月頃に健康診断を受けに行ったときに、上が140〜150だった。その暮れには150〜160になっていた。同じ年の1月頃に130を超えていたのでちょっと意外に感じてはいた。

 このときも、クリニックの医師に、血圧を130以下に抑えたいので降圧剤が欲しいと言った。医師は150台はまだ境界領域であって、薬で治療する段階ではないと言った。しかし、私は現状で倒れるということは考えてはいないけれども、毛細血管が無症状のうちに詰まったり切れたりして、数年後には人柄が変わったようになるのはいやですから、130以下にコントロールしたいと言って、薬を出していただくことにした。

 結局これも10年経った現在では、私の考えの方が正しかったことになる。血圧が血管を老化させる重大な要因だから、今では130以下に下げておくというのは常識である。

 退職後常勤講師で教えに行っていた頃は尿酸の問題も血圧の問題も自分なりにコントロールしてきていたから、特に健康上の不都合はなかった。


[耐え難い目の苛々の原因は]

● 講師で教えに行くのをやめたのが平成14(2002)年7月、韓国語教室に通い始めたのが平成16(2004)年4月、自治会の役員を引き受けたのが平成17(2005)年と18(2006)年で、多少寝つきが悪くてレンドルミンとデパスをもらっていた。

 ところが、韓国語教室に通い始めた頃から目がイライラして、文字を読むとき、紙をめくったりするとき全身に苛々が走って耐えられないことが多くなった。救心製薬の生薬ホスロールがよく効いたけれど、医師がデパスを処方してくれてその方がよく効いた。

 目がイライラするのは眼科なのか神経科なのか。内科の医師が先ず眼科に行くべきだということだったから、眼科に相談した。しかし原因不明。

 さらに平成17(2005)年と19(2007)年にも眼科に行ったが原因不明のまま。しかしこの苛々は耐え難い。かといってその都度安定剤のデパスでごまかすのはどうかと思った。心因性ではない。

 平成21(2009)年また眼科に行った。このときの医師ははっきりしていた。眼科的には全く異常はない。この目の苛々は眼科以外に原因がありますと言ってくれた。

 自律神経系の不具合ならば神経内科か、心療内科になるから、心療内科に行った。しかしこのまま入眠剤レドルミンとデパスを続けるようにと言われた。これ以外に治療の方法はないのですかと確認した。そうだということだった。

 ふと気になっていることをたずねた。私はいびきが激しいので睡眠時無呼吸などの睡眠障害がこの目の苛々と関係はないかとたずねた。医師は国立病院の睡眠外来を教えてくれた。

 早速夜間10時間の入院で検査を受けた。いびきは最高レベルだが、睡眠時無呼吸は少なく、治療してもしなくてもいい程度だ。しかし周期的に四肢が不随意的に痙攣する「周期性四肢運動障害」がある。寝入りばなに足首がぴくりと動いたりすることでその氷山の一角に気づくことはあっても、筋電図で調べて初めてわかる程度のもの。

 この病気は眠っているようでも実際には眠ったことにはなっておらず、昼間激しい眠気が襲ったり、気分が悪かったりする。

 この周期性四肢運動障害は脳内ホルモンのドーパミンの分泌が悪くなって起きるもので、ドーパミン系の神経の働きをよくする「ビ・シフロール」という薬でよくなった。いびきの方は睡眠時にマウスピース(スプリント)で完全に治った。

 そのことによって、入眠剤レンドルミンも安定剤デパスも全く必要なくなった。寝つきもよくなったし熟睡するようになった。目覚めはまさに「春眠暁を覚えず」の快適さである。

 私は正式な高血圧という訳ではなくて、予防的に薬を出していただいていたけれども、この血圧も一連の不具合の一つだと考えていた。しかし睡眠障害は改善したけれども血圧の方は横ばいである。120〜130を維持している。


[身体の中からの声に見を傾けてこその原因究明]

● このようにはじめは原因不明であっても、病人自身が身体の中からの声に耳を傾け続ければ、時間はかかっても必ずその原因はわかる。治療の最初のきっかけをつかむのは病人本人だという気がする。

 医師は病気特有の症状がああるとか、検査項目に異常があればわかる。しかし検査にも引っかからず、病人本人が気づかず肝心なことを語らねば医師にもわからない。全科に精通した医師が余程親身になって入念に問診して、原因を突き止めようとしない限り、私のような不具合の原因はわからない。

 例えば「肩が凝る」といって整形外科にかかれば、首のレントゲンを撮って、頸椎がずれて神経を圧迫しているからですといい、歯科に行けば「噛み合わせに問題がある」といい、形成外科に行けば「眼瞼下垂があるから」といい、一般的に言えばどれも正しいのだが、私の場合は一体そのうちのどれだ?ということになる。