| [ハイサーイ!私の徒然草] |
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20年ほど昔、職場の先輩がしゃがみ込んだ。そして口や鼻から激しい出血をした。本人は原因をよく知っていたはずだが、私は驚いたものの高血圧による出血の危険性の認識はあまりなかった。しばらく落ち着くのを待ってタクシーを呼んだ。今から思えばあのときは救急車を呼ぶべきだった。 ところが10年ほど前から妻が頭が張ったような感じがすると言っていた。私はその重大さに気づかなかった。7年ほど前(1997年2月)、税務署の二階で確定申告も終わりに近づいたころ、妻が「あれっ鼻血!」と言った。じわっと滲み出るようなピンク色の鼻血だった。変だなあと思った。 すぐに、高血圧が原因だと気がついた。すぐに後ろの座席に座らせた。係が救急車を呼びましょうかと言ってくれた。 迷わず救急車をお願いした。救急車を待ち、担架で2階から下ろしていただいた。今思えばわずかな鼻血ですんだから不幸中の幸いだった。自分の車で救急車の後からついて行った。 済生会病院では血圧は250と重症の域にあった。病院で半日安静にして夕方連れ帰り、その足で近くのクリニックに連れて行った。血圧のコントロールがはじまった。私はこの高血圧は生活習慣病だと思っていた。延々と投薬を受け続けた。 9年目の2005年半ば頃、「このまま延々と薬を飲み続けるだけでいいのだろうか」という疑問が生じた。一度きちんとした病院で総合的な検査を受けたいと言った。 その頃から、高血圧は慢性的病であり状況が刻々変化する訳でもないから、通院は2週間ごとではなくて、ひと月に1回くらいにしてもらえないかと言ったが、医師は聞き入れかった。次の通院のときにも言ったが答えは同じだった。 そこで、年の変わり目を機会に、2006年1月に公立学校共済組合立の病院で検査を受けた。これをきっかけにいろいろな事がわかってきた。クリニックでは、ずっと以前から血液中のカリウム値が低いことがわかっていて、カリウム剤を出していた。 それは治療のひとつの選択肢ではあっても、この選択肢による危険性もあったわけで、もうひとつ手術という選択肢があるということを告げなかった。重傷高血圧の域は脱してはいたものの、十分には血圧は下がってはおらず、この10年間には血管の老化を進めることにもなったに違いない。 カリウム値が低い。若い医師はすぐにアルドステロン症高血圧を疑った。シンチ検査の結果、ほぼ間違いないことがわかり、5月には国立九州医療センター高血圧内科に検査入院、クリニックで降圧剤、血液さらさらの薬、血糖の薬、カリウム剤、それに何だったか、5種類くらい薬をもらっていたけれども、医療センターの医師は2種類に減らした。 続いて泌尿器科に入院、副腎腫瘍を摘出する手術を受けた。退院するときには血圧は劇的に下がった。なぜクリニックではなぜ2週間ごとに通院させたのか。しかも10年近くカリウム剤を処方しながら、アルドステロン症高血圧を疑わなかったのだろうか。その間協力医でありながら一度も九州中央病院に紹介状一つ書かなかったのか。 こういう慢性病の長期の通院では、公的な病院では診察と薬の処方だけなら410円以上請求されたことはない。しかも通院は大体1ヶ月以上の間隔でいい。クリニックでは2週間おきに大体1400円近く請求されていた。薬の種類も3倍近かった。 しかもきちんとした情報を与えない、基幹病院への検査のための紹介もしない。10年間に支払った医療費は基幹病院の10倍近かかった。健康保険組合の財政が悪化するはずである。 ※ 妻は若い頃から健康だった。後から思えば、副腎に腫瘍(良性)ができたときに、血圧が急激に上昇したはずである。頭が張ったような感じがしはじめたあの10年前ころだったと思われる。 ※ 腫瘍からアルドステロンというホルモンが異常に分泌されて、血液中のカリウムがどんどん排泄されるから、つまりじん臓での水分の再吸収が強まって血液量が増えて血圧が上がる。 ※ アルドステロン症高血圧は10人に1人くらいの割合で手術で治る高血圧だそうだ。東北大学の病理学の教授だった従兄が初期の研究を手がけたという。従兄によれば、この病気の研究はほとんどが東北大系でなされており、九州では研究発表はない。それで10年間の空白になったのではないかという。 |