| 【ハイサーイ!私の徒然草】 | 幼児期に一流意識を育てる |
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人間の本性は性善なのか性悪なのかというけれども、私はそのどちらでもあるまいと思う。母親の胎内で受精卵が発生をはじめ次第に細胞が組織、器官へと分化していく。脳が形成される過程で脳神経細胞がネットワークを作りはじめる。外界からの刺激を受けるとその記録がネットワークとして残る。無駄に伸びた樹状突起はやがて消失し、意味のあるネットワークが残る。どんな経験をしたかによってネットワークは無限の多様性をもつ。 思い出せるか思い出せないかでいえば、遠くなればなる程思い浮かぶことの数は少なくなっていく。本当に記憶から抜けたのか、本当は記録は残っているのだが、出てこないだけなのか。そのどちらも正しいのだと思う。記憶のイメージが浮かぶときには音声は耳には聞こえないが無音のキーワードは伴っているようである。 逆にキーワードを意識すると思いもかけないようなイメージが浮かんでくることがある。あるいは心を自由にして連想を利用することもできる。 脳細胞は1日に10万個もそれ以上も死んで減少しているとも聞くから当然そこにあった神経ネットも失われていくはずだし記憶から抜けていく。 沢山の経験をしても全て記憶に残る訳ではなく熱い気持を伴う経験、感動したときの経験、あるいは反復して聞かされた話、繰返し目にした写真などの記憶は定着する。そうでない単なる経験は程度に応じてそのスピードに差はあるにせよ、やがて記憶のネットワークからは消失してしまうのであろう。 私は韓国語を学んでいる。確かに聞き取りの耳は悪いが、記憶力や上達の速度は年令にはそれほど関係はないのではないかという気がする。すぐに熱くなる性格だから勉強しているときはいつも気持が熱くなっていることは間違いない。年をとると記憶力が落ちるというのは海馬の萎縮などで物忘れがひどくなるということはあるかもしれない。しかし感動したり、熱くなることが年とともに少なくなることの方が記憶力の低下と関係が深いのではあるまいかと思う。 遠い昔のことをよく覚えているというのは、それだけ苦労もし、気持が熱くもなり、感動もしてしっかりとしたネットワークができているからではないでしょうか。 私はなにもイメージやそのラベルであるキーワードだけが記憶だと考える必要はないと思うのです。イメージには言葉で説明のできないその場の雰囲気もくっついているのです。それは幼いころの生活環境の雰囲気みたいなもの。母と一緒にいるときの雰囲気、祖父母の雰囲気、近所の年令も様々な子供たちと一緒にいたとき、自分は自分に対してどういう自己イメージもっていたか。それは説明しようとしても説明はできないけれども、限りなく沢山の記憶が残っているのです。 これは前置きでした。即ち人間は心の深層にあるこうした限りない数の多様な記憶の複合によって呪縛されている、つまり人は広いか狭いかはともかくとして固定観念によって呪縛されているのだということを言いたかったのです。 心ここにあらざれば見れども見えず、聞けども聞こえずというけれども、「心ここにあらざれば、見ようともせず、聞こうともしない」といった方がいいかもしれない。過去からの呪縛、心の深層からの呪縛があることに気づけば、今まで見ようとしなかったことが見えだし、聞こうともしなかった声が聞こえるようになるかもしれないと言うことです。後に少しでも幼少時の記憶にない別の世界に目を開き、新しい脳細胞のネットワークを形成できれば尚結構なことです。 私は目的に向かってまっしぐらに進むということはなく、あちらこちらふらふらしながらも、8才の頃の熱い記憶の無意識の力によって軌道修正されながら、結局は学校で何を教わったかとは全く無関係な高校の物理の教師になってしまった。だからといって創造的な仕事というわけでもない物理の教師を40年1日のごとくやっていられるわけがありません。やがて興味はあちこちに低空で彷徨しつづけ未だにその癖は抜けません。専門家にはなれない性分です。全て8才の時のあの熱い経験の記憶が原点にあるのです。 もちろん記憶を遠い昔へ昔へと辿っていくとき、もっと心の奥深くには基盤とも言うべき心の原点があるのです。この三つ子の魂百までといいますがこれは動かしがたい気がします。 最近男女雇用機会均等などといって女性の社会進出を叫ぶ頭の良い女性達がいますが、よく検討した方がいいと思います。生き甲斐として仕事を取るか子どもをとるかという覚悟が必要です。子どもより生き甲斐になる仕事が世の中にそんなに沢山あるものでしょうか。 もちろん仕事の形態にもよります。子育てを、教育を外注すれば、親が育てたのとはまるで別の子になってしまいます。脳細胞のネットワークが全然違ってしまうのです。どちらがいいか一長一短だと言って済ませられるでしょうか。社会がおかしくなっていきます。すでに手遅れかもしれません。 学校の成績も良く、難しい大学にも合格し、安定な職業にもついた。しかし、心の中は、人生観は、などなど目に見えない部分こそが大問題なのです。 |