生徒の叱られ願望

2000年、高校2年生のクラス

Sun.July.12.2009

[ハイサーイ!私の徒然草]

   私は教師最後の1年間だけこの学校に勤務した。転勤を希望しても、1年後に退職する教師を転勤させることは原則としてないのだそうだ。

   私はなぜ転勤を希望したかと言えば、夜間定時制に7年間勤務して、生活が夜昼逆転とは言わないまでも、かなりそれに近くなっていたから、生活リズムを正常にして退職したかった。昼間の学校の一番忙しいところに転勤させてほしいと校長に頼んであった。しかし元・主任人事管理主事だった校長は、私の転勤はないだろうと思っていたと後日私に言った。

   私が新しく赴任した市内の工業高校では今までに経験したことのない雰囲気を感じた。ここの先生たちはなんて紳士的なんだろう。服装や頭髪検査はあるにはあるのだが和気あいあい。生徒の服装も頭髪も変わりなし。まあ、それはそれでもいいけれども、生徒が叱られるのを見たことがない。

   これで学校がうまくいくのは生徒がさぞいいからに違いないと思った。それはまさにその通りだとも言えるし、科がちがえば雰囲気もちがう。まったく裏目に出ている科やクラスもあった。

   ところが、信じられないような場面に出くわした。あるクラスでは机上にジュースのペットボトルやパン、鏡、くしなどいろいろな物が出ている。授業中にパンを食べる子もいる。

   私の時間だけかと思って、1時限目の授業のときは、教室の前で朝のホームルームが終わるのを待っている間に、生徒の様子を見ていた。担任の先生が話している最中にもパンを食べている子がいる。女の子だ。私にとっては前代未聞だった。

   赴任したばかりだから、何か事情があるのかと、しばし慎重を期したが、事情なんてあるわけがない。「勉強道具以外はしまいなさい」と注意した。生徒は無視した。

   次に、余計な物を出している生徒には、近くまで行って、ひとりひとり顔を見て「しまいなさい」と、確と言う。じっと抵抗しても、しまうまで私は動かない。全部机上がきれいになってから授業をはじめる。生徒のこの行動は直った。

   次は授業中の私語だ。これも注意すれば、その度によくなっていった。しかし、最後まで私語をやめない男の子が1人いた。私に対して横着でぞんざいな言葉づかいをする。残るはこの子だけだから、確と顔を見て、言葉づかいを注意する。悪いということは本人は知っている。

   この学校の生徒はそのくらいの善悪の判断がつかないはずがない。1時間授業をつぶして話をした。その最後の男の子が「先生!先生の話、説得力があるーッ!」と一番後ろの席から大きな声で言った。以後私に対してきちんとしたことばで話すようになった。私語もしなくなった。

   私はこのクラスの生徒を見ていると、それまで他の教師から本気で叱られたことがなく、悪いとわかっていて、わざと勝手な行動をしていたのではないかと感じていた。教師が生徒に試されていたのではないかと思った。1年終わったときには気持のいいクラスに変わった。

   退任式の校長の私の紹介で「存在感のある先生でした」とはなむけの言葉を頂いたれども、校長がなぜ知っているのだろうかと思った。しかし静かな校舎に私の生徒を叱る声だけがひと月に1回か2回か響いていたにちがいない。

   叱って効果があるのは、生徒自身が、心の底で、今の自分の行動がよくないということをうすうす知っているときだけである。それを教師が知っているときだけだ。三つ子の魂に善悪の価値基準が確とインプットされていなければ、叱られた意味を理解しない。