「亀の甲」信仰

   現代人はインターネットさえあれば何でもわかると思っているのではないか。



Thu.Feb.05.2009

[ハイサーイ!私の徒然草]  

   「ほんもののへちま」を知らなければ「へちまのたわし」を見ても、目の前に見えている「へちまのたわし」以上のものは見えはしない。

   玉石混淆の知識や情報はいくらでもある。しかし情報や知識、数えることのできるもの、点数で表すことのできるもの、あれこれと箇条書きにできるもの、それはみなへちまのたわし。情報や知識からは自分の人生経験以上のことはわからない。

   情報とは何か、知識とは何か、学力とは何か。デジタルな情報や知識からイメージする世界は仮想世界。真意はへちまのたわしの繊維の隙間にある。文章の文字の鎖の隙間にある。文章の裏側にある。

   情報や知識の信者になれば、前世代の経験を「他山の石」とするよりは、インターネットやハウツー本に走る。しかしへちまのたわしからは何もわかりはしない。

   日本が1945年太平洋戦争敗戦で日本文化も倫理も根こそぎにされ、羊頭狗肉のアメリカ民主主義信仰から、「亀の甲」信仰へと走った。

   昔は亀の甲より年の功と言った。それは現代でも変わってはいない。しかしどういうわけか、いつの間にか「亀の甲」が神様になった。

【情報社会の大きな誤解】

【へちま】