| [ハイサーイ!私の徒然草] |
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便りを出したのに何の返事もないこと。便り、それは昔は手紙、今は手紙、はがき、メール、贈り物。 これは人としてなすべきことをしていない。人の気持がわからない。感謝の気持もわからない。自己中心な現代人に多い。 特に年長者、つまり先輩、先生、親、叔父おばいろいろだが、年長者から便りをもらって梨の礫というほど無礼なことはない。 便りの内容が気に入らないのか、もらった物が気に入らないのか、気に入らないという訳ではなくても別に自分が頼んだ訳でもないのに勝手に送りつけてきて何を言っているのかと言わんばかり。 こういう人は間違いなく自己中心な人間である。だから人がどんなに尽くしてくれてもありがたいとは決して思わない。当然とさえも意識しない。無意識無感覚。 貰った物や便りが気に入らなければ、善意の相手の心を平気で踏みにじる。 便りをくれた人の気持、贈り物をくれた人の気持、いろいろと自分のために尽くしてくれた人の気持に対する感受性がない。 往々にして、外面(そとづら)と内面(うちづら)が極端に違う。腹の底は表面とは別である。それを見抜かれているとはつゆ知らずである。 人として間違った言動をすれば苦言をもらう。それがまた気に入らないから悪循環が始まる。元はと言えば自分が悪い。 自尊心のない相手にも同じである。自分のことしか念頭にないから、周囲の空気がまるで読めない、周囲に対する配慮ができない。自分のことしか意識にない人と話しても面白いはずがない。 最近、こういう話をあちこちで聞く。特別な話ではない。 こちらからの便りに対して、心を感じる便りを返してくる人、梨の礫の人、そんなところで人柄がしれる。 これは思春期に内面的な成長を逸した結果である。ありがたみのわからない人間には、頼まれもしない余計な親切や物を与えないことである。 |