調整型の人間はいらない

Tu.Nov.23,2010
ハイサーイ!私の徒然草

 闘う姿勢を失ったらお終いだ。これは学校時代に優秀であったかどうかとは全く別の話である。戦後派日本人が救いがたいほど劣化したのはこの部分にある。

 これまでの尖閣問題にしろ、国内政治にしろ、戦う姿勢が感じられない。すべてが逃げ腰で何事も決断ができず、ずるずると衰退の道をたどるつもりだろうか。

 これまで民主党を支持してきた国民が、さまざまなメッセージを民主党や官邸に送っているはずなのに、真剣に考えてきたのか。素人目にも間違った選択を繰り返し、重ねてきたことに気づかないのだろうか。

 外交に駆け引きがまったくない。いわゆる土下座外交であり、ニコニコ外交である。国の主権、国の経済的国益、国の尊厳のために闘う姿勢がない。これでは国民に国を大切に思う気持も日本人としてのアイデンティティも育ちはしない。自己卑下の気持が残るだけである。

 法律に反しないことが基本ではあるが、法律は実務レベルの話である。さらに高度な政治的判断がなくてはならない。特に中国やロシアのような無法者国家との外交では場合によっては法律よりも政治的判断が優先しなくてはならない場合だってありうる。主権を守り、国益を守り、国の尊厳を守るためにはなりふり構っていては肝心なときに迅速な決断ができない。

 政治には法律実務家よりは政治家が必要である。一段低い法律レベルに拘泥して判断を誤るようでは政治はできない。政治的判断の誤りを率直に認めず、法律論で言い訳をするというのは最悪である。

 党内には柳田法務大臣を辞めさせないで問責決議を無視せよという考えもあったかもしれない。しかし、柳田氏への国民の信頼はすでに完全に失われていた。仮に問責決議を無視してその場をくぐり抜けたとしてもその後がもたない。

 柳田氏が法務大臣を辞めないといっていたのは本人の信念からか。党が辞めるなと圧力をかけていたからか。いずれにしても辞める辞めないは本人の問題。潔く引けば柳田氏への評価も少しは上がったであろうに、ぐずぐずすれば本人にとっても大きな損失になる。

 辞めさせるなら総理は機を見るに敏でなくてはならない。罷免の決断ができなかったのは総理自身か、党執行部の意向が強すぎたのか。これも総理は自分の判断で即決断すべきことであった。

 党執行部はいったい何を考えていたのか。あのまま辞任させずに問責決議がなされても無視してすむ問題だと考えたのか。国民の理解が得られたとでも思ったのか。世論を真剣に見極めてのことだったのか。

 世論が正しいかどうかはともかく、すでに、尖閣問題でこの政権は何一つ決断できない、判断力がないと国民の目に写っていた。菅総理、仙谷官房長官の政治判断は間違っていたと信じてしまっていた。

 いまだに尖閣ビデオは公開されず、今更公開してもすでにあのビデオの価値は完全に失われた。事件後に間髪をいれず公開してはじめて計り知れないほどの重みがあったはずである。

 それを今更中国漁船の船長の公判がどうだこうだといってもまったく説得力はない。いまだにあの刑事訴訟法がどうしたこうしたの論議をするのは私にはわからない。

 次々に、いろいろ野党は言ってくるに違いないが、小沢氏問題にしろ、これまで政府が何一つ決断しなかったつけが今、一気に押し寄せていると考えるべきだ。

 現政権は何一つ決断できない。これからもそうだろうと思う。そこでいえることは、与党も野党も国民も思いもかけないような発想で打って出るしかない。それは何でもいい。とにかく思い切った決断をしてとにかくこれまでの懸案を一気に片付けることだ。ここまでくれば、決断力とそのスピードを示すことに意味がある。

 すでにどう転んでも結果は同じこと。政権維持ばかりを考えるのではなくて国民の声に耳を傾けて、何が大切かを判断すべきある。今の党支持層を失っても、国の主権を守り、国益を守り、国の尊厳を守るために闘う姿勢と、すばやい決断こそが、次世代の教育になる。国を大切に思う気持を育てていく。

 だらだらとして、闘う姿勢がなければ外交どころか、国内政治だって何一つなしえないのではないか。