叱らない教育の果て

〜"叱らない教育"という言葉がひとり歩きしているうちに、"叱れない教育"が定着してしまった。もはやこれは教育じゃない〜

Mon.Feb.11.2002(原文)
Mon.Mar.09.2009(更新)

[ハイサーイ!私の徒然草]

    あれは昭和40(1965)年頃だった。叱らない教育という言葉をよく耳にした。我が家では子供を自由に育てています。放任主義です。などいろいろだった。もちろん言葉というのは抽象的なものだから、いい意味にも悪い意味にも解釈することはできる。しかし私はこういう風潮はあまりいいことではないと感じていた。

    しかし、もうあれから44年、"叱らない教育"という言葉がひとり歩きしているうちに、叱るということがどういうことかわからなくなり、"叱れない教育"が定着してしまった。子を叱ることが悪いことででもあるかのように思っているならば、もはやこれは教育ではない。

    子どもは価値基準がまだインプットされていないから白紙であって、「叱る」とは、いけない行動に対して、いけないと教えることです。そばに行き、顔をちゃんと見て、「いけない」というメッセージを明確に伝えることです。

    2歳児でも親を恫喝するような泣き声を張り上げることがある。子は親の顔をしっかりと見ている。親がどうするかをじーっと観察している。いいの?いけないの?とたずねている。親が明確なメッセージを発しなければ、これは許される行為だと学習する。親が子の顔をまともに見ていないことすらある。だから子は何度でもいけない行為を繰り返す。

    いけない行為をいけないと教えない限り、いい行為だと教えているようなものである。そしてわがままになり、手がつけられなくなる。長じてからは聞く耳をもたなくなる。子には叱られる権利がある。

    それから、社会生活をしていく上で、しなくてはならないことは親が一方的に押し付けでさせなくてはならない。価値基準をインプットするプロセスだから、理由をあれこれ言う必要はない。これは3才までに済ませなくては非常に難しくなる。バシッと手の甲をたたくことも心に染みさせる方法である。

    叱れないというのは親が子に何も教えないということ。容易にインプットできるのは3歳まで。3歳児を叱れない親が、大きくなった子を叱ることはもはやできない。

    教育学書からも、教育書やインターネットの情報からも、自分の人生経験以上のことは理解できない。知識や情報はその程度のものである。つまみ食いのハウツーにしかならないから、むしろ有害である。

    「へちま」と「へちまのたわし」について考えてみればわかる。へちまを育てたことがある人は、へちまのたわしの小さな切れ端を見ただけで、生きたへちまの全体が見える。生きたへちまを知らない人が、へちまのたわしの切れ端を見ても、目の前に見えているもの以上のものは見えはしない。

    情報や知識、活字は「へちまのたわし」みたいなものである。長く生きてこなくては決して見えないものがあるということを忘れがちである。生きたへちまを見たことがない人たちが議論しても何も見えてはこない。

    知識や情報を後生大事に考えて聞く耳もたずになれば、取り返しのつかない間違いを犯す。故事で「迷う者は道を問わず」という。物がわかっていない人ほど人の言葉に耳を貸さないという意味である。

    三つ子の魂に価値基準をインプットしておかないかぎり、事の善し悪しが自然にわかるようになるということはない。叱られて初めて心の中に、わが身を振り返るもうひとりの自分が現れる。気がつくか反発するか二通りある。結果は天と地になる。

    いまだかつて親から叱られたことがないのに、なぜ他人である教師から叱られなければならないのかという高校生もいる。それは成長のチャンスが与えられなかったということである。

    1945年太平洋戦争敗戦と同時に、日本文化は根こそぎにされて、日本の心を忘れた、羊頭狗肉の民主主義が移植された。私のところでは子どもを自由に育てています、放任主義ですという話をよく耳にした。日本人は後世の教育を誤った。

    今の若い世代は年長者に物をたずねるということがない。インターネットや本などで調べれば何でもわかると思っているからだと思う。しかし知識や情報からは人生経験以上の事は決してわからないない。

    競争原理の経済中心の社会で、教育までもがなりふり構わない学力競争で、思春期にも自分を見つめるもうひとりの自分が育たなかった。「恥ずかしい」という感情が失せた。自分自身も見つめなければ人の気持はなおさらわからない。