| [ハイサーイ!私の徒然草] |
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いいお話その1:〜敬老の日〜 大小を問わず、いい話に出会うことは喜び。同レベル人々の話ばかりでは精神が高まることはない。だからこそ、東京に行けば、人生経験豊富なご高齢の方々のお話を伺いに行く。ご近所であっても、とにかく私は、高齢の方々の話をよく聞く。今聞いておかなければ貴重なお話を聞き逃し、後悔することになる。 敬老の日というのがあるけれども、お年寄りは御用済みだなどと思うことほど愚かなことはない。知識や情報で人を評価することほど浅はかなことはない。人生の残り時間を意識してこそ本当の人生がある。お年寄りは心の宝の山である。お年寄りの話をうるさいなどとはとんでもない。 いいお話その2:〜幼稚園の園長先生のお話〜 先日来春入園希望のお子さんをお持ちの方々のために幼稚園の説明会があって、園長先生が30分ほどお話しになった。最後に、話が下手でまとまりがなくて申し訳ないとおっしゃった。 しかし、事務的なお話も含めて30分しかない、この限られた時間で、一番肝要なことを必要かつ十分に的確にお話しになった。 子連れのお母さん方のことを考えて、私は一番後ろに立って聞いていた。園長先生が前を通られたから、さすが園長先生ですね、いいお話を聞かせて頂きましたとご挨拶した。すると、謙遜されて「いえ、私もずいぶん失敗をしているのですよ」とおっしゃった。そうおっしゃれる謙虚さがまたすばらしいと思った。 人は失敗をしなければ成長しない。その人生経験からえたものをお話しになった。言外の意味まで広く考えてみるととてもいいお話だった。ある意味では厳しい注文でもあり、しかし誰にでもできることをおっしゃった。誰にでもはできない難しい話をなさるはずがない。 いい話その3:〜何をするにしても精神的におとなになってこそ〜 長男は毎週孫を連れてきて私たちに預ける。それはなぜか。「自分は学校で沢山の生徒とその親を見てきている。僕は親だけで自分の子が育てられるとは思ってはいない。おじいちゃんおばあちゃんの考え方が自分たち親と違うことにこそ意味がある」と言った。 親が子を囲い込んでしまって、祖父母に「余計なことをしないでほしい」と言う傾向がある今の時代にあって、こういうおとなの気持でいてくれることに安心した。 世の中の真実は知識や情報や理屈の中にはない。知識や情報は繊維だけの中身すかすかのへちまのタワシのようなものである。 |