女性の社会進出と子ども

Fri.Feb,20.2004

【ハイサーイ!私の徒然草】

   昔は多くは小学校か高等小学校を卒業すれば働きに出た。それでも健康な心をもった立派な人物が沢山育った。家が貧しくて里子に出されても、丁稚奉公に出されても、どんなに辛い思いをしても現代よりもはるかに立派な人間が育った。

   大切なことは言葉で尽くせないことが多い。言葉で尽くせることは高が知れているものだが、現代社会には欠けた何か大切な要素があったに違いない。

   母親と密着した生活でこそ「心の機微」を学ぶ。それに、子どもはどんなことでも片っ端から大人のすることをまねしたがる。目が覚めている限り一瞬も休むことはない。そうやって実生活の中から多くのことを吸収していく。大人の何十倍何百倍ものスピードで。1日をどういう環境で育ったかでまるで異なった三つ子の魂が育つとは思いませんか。

   少なくとも子どもが小さい間は子ども第一に考えて生活が成り立つような社会であってほしい。生き甲斐のために仕事をもつにしても例外ではない。子ども以上の生き甲斐がどこにあるのか。女性が自立が必要になったときにはいつでも自立できるような社会であるべきだ。

   女性が社会進出するためには保育所が足りない、公立の保育所を増やせ、子育て支援、多様な保育サービス、学童保育の充実、育児や保育における環境整備など、女性が社会進出するためには必要なことではある。

   しかし多様な保育サービスの充実というけれども、サービスとは何か、子育ての何を支援するのか、充実とは何をどう充実をするのか。至れり尽くせりということか。中味のない言葉の羅列ではないか。そこには子どもの「心」という視点はないのではないか。愛情、愛情と言うけれども、衣食が足りて愛情さえあればいいのか。

   経済界からの発言として、日本では女性の社会進出が何%で国際的に見て低すぎる、女性の労働力をもっと活用しなければいけないという。これは女性を労働力としてしか見ていない。女性の人権だとか子どもの教育だとかの視点はない。