| 〜子どもの三つ子の魂形成を誰に任せるかという問題〜 |
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ひとりひとりを表面だけ見れば、どこがどうだというほどのことはなくても、社会全体としてみたとき、昔だったら考えられないような事件や犯罪が多発するようになった。 子どもの教育がうまくいったかいかなかったかはわかりにくい。外見的にはしあわせに見えた家庭内で信じられないような事件が起きる。外見的には上手くいっていたはずの人たちの事件や犯罪がある。この社会では上から下まで腐敗がある。 お勉強もできてスポーツもできて、人間関係もいいと思われていた人がとんでもない事件を起こす。すごいことだとは思うけれども、有名大学教授が幼稚な事件を起こしてすべてを棒に振る。定年退職を目の前にして犯罪を犯して人生を棒に振る。 坂本竜馬のような人物を比較のために持ち出すまでもなく、日本人が全体的に小粒になってしまった。それは政治家をみてもわかる。敗戦後の吉田茂首相と今の総理大臣を比較するのが一番わかりやすい。今の総理大臣は吹けば飛ぶほど軽い。内閣といっても頭の中味は高校の生徒会以下である。 日本が太平洋戦争で敗戦した1945年に日本文化を根こそぎにされ、羊頭狗肉のアメリカ民主主義が移植されたことにはじまる。経済が復興し、目覚ましい発展をして、社会にはお金と物とサービスがぐるぐる回り心を置き忘れた。私はあの高度経済成長期に日本人は心を忘れたと感じていた。すべてがお金だった。当時日本人はお金に物を言わせて海外でも国内でも何をしてきたか思い出してみるがいい。 それから、男女雇用機会均等法や男女共同参画ということは大切である。女性の人権を保証するのは女性の自立の保証である。その反面、保育所の話は聞くけれども、子どもの「教育」という視点での議論を聞いたことがない。異論はあるとは思うけれども、できることなら、三つ子の魂形成期には父親と母親は互換性はないと思いたい。子どもの心の問題もある。ひとりひとりが心ゆたかに育てばあたたかい社会になる。 子どもを保育所なり祖父母に預けて身の回りの不自由がなく、両親の愛情があればいいという問題ではない。子どもは目が覚めている限り、一瞬も休むことなく、大人の何十倍何百倍のスピードであらゆることを吸収していく。目が覚めている限り一瞬たりとも放置されたり、無視されたりすれば、その子にとって大きな損失になる。 母親とともに過ごせば、母親の心の機微、物の考え方まですべて吸収していく。祖父母に預ければ、祖父母の心が丸ごとコピーされる。保育園に1日の大半を預けられれば、そのすべてを吸収する。その環境は預けた親にとってはブラックボックスである。まるっきりちがった「三つ子の魂」が出来上がると思う。単に両親の愛情だけの問題ではないと思う。 考え方はいろいろだと思うから、いいとか悪いとか言っているわけではない。しかし男女雇用機会均等や男女共同参画がすすむことと、日本社会の変質とは密接な関係があると思う。単に法律や制度や箱物の問題ではない。 もちろんひとくくりにはできないけれども、経済界からの発言は私には女性を単なる労働力としてしか見ていない気がする。女性の自立だとか、女性の人権だとかの視点はあまりないのではないかと思う。 |