| [ハイサーイ!私の徒然草] |
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徳川家の江戸城開け渡しが決まった。徳川家の存続は「城」ではない。徳川家の「心」だ。大奥は皆家族だ。行く末がどうであろうと、徳川家の人間として恥じない立派な生き方をしていこうという篤姫の決意こそが「気位」とはどういうことかを語っている。 お金、物、学校の成績、学歴、職業などなど、ややもすれば、そんなものが変なプライドになっている。頭がいいことがいいことだと思っていることほど愚かなことはない。気位の高い人に出会わないことほど不幸なことはない。 政治も教育も全てが経済中心の競争の渦の中にある。社会を経済中心の競争の原理が支配すれば、人は自分のことしか考えなくなる。似非プライド、似非気位しかもてなくなる。 人情の機微がわからず、空気が読めず、それでやさしいはずはない。心は外面(そとつづら)ばかり見て、人の話に心から傾聴することもなく、自己主張ばかりしていては、若くして成長が止まる。気位など育ちようがない。 この社会は心を置き去りにして走り続ける。とてもさびしい社会である。競争原理が支配する社会の不幸である。このドラマが人間らしい心に気づかせてくれるからこそを感動する。毎回新しい発見があるからこそ感動する。 |