久々の吉田兼好の「徒然草」

Sat.Jan.07.2012

[ハイサーイ!私の徒然草]  

 NHKテレビの100分de名著で12月は宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」がテーマだった。今月は吉田兼好の「徒然草」がはじまった。

 徒然草と言えば、わたしが高校1年生の古典の時間に1年間通しで教わった。最初の古典だったから印象深かった。

 古典はまずは心地よい朗読こそがいのちである。

 時代が違うので、仮に現代とおなじことばがあったとしてもそのことばから心の中に再現されるイメージや感覚は作者のそれと同じではない。どこまでそのことばを使ったときの作者の気持に迫ることができるかが古典の面白さです。

 文法とことばの置き換えによる現代語訳に終始したのではつまらない。幸いにして私が受けた古典の授業は詰め込み主義ではなかった。

 いくつも印象に残った話がある。例えば、

 良き友三つあり。一つには物くるる友、二つにはくすし、三つには智恵ある友(117段)

 ところが、

 お友達になりたくない人としては七つもあげている。

 友とするにわろき者七つあり。一つにはやんごとなき人、二つには若き人、三つには病なく身つよき人、四つには酒を好む人、五つには武(たけ)く勇める兵(つはもの)、六つには虚言(そらごと)する人、七つには欲深きひと。(117段)  とある。

 兼好はその理由は書いていないけれども、

 おなじ心ならむ人と、しめやかに物語して、をかしきことも、世のはかなきことも、うらなくいいなぐさまむこそ嬉しかるべきに、さる人あるまじければ、つゆたがはざらむとむかひゐたらむは、ひとりある心地やせむ。(12段)

 なるほどと思う。

 吉田兼好は才能豊かだったけれども、何者にも成り得なかった人だという。

 神社に生まれたが神主にもなれず、宮仕えしたが、下級貴族の出であったから、出世もできず、出家はしたものの名僧と言われるほどの僧侶にもなれず、職業を転々としてなにごとにも大成しなかったという。

 しかし、幅広い人生経験によって、発想が豊かで何にでもなれる柔軟性があった。人間観察にすぐれ内面的に豊かな人だった。

 だから兼好とは逆の上の7種類の人々を敬遠したのだと思う。この七種類の人に共通することは、私が敷衍して解釈すると、“内面的でない”、あるいは、“人の気持に対して繊細な神経を持ち合わせない”、“恥ずかしいという感情を持ち合わせない”というようなことではないだろうか。

 若い人の場合は未熟さにあると思うけれども、先々内面的に成長する芽があるかないかはよく観察すればわかる。向上心が強いがために何事にも“自信がもてない”と感じている人の方が有望である。若いうちからの自信家はどうだか・・。そういうものだと思う。

 それから兼好はべたべたした人間関係が嫌いだったと見える。

 「人を訪ぬるときには、さしたることなくて人のがり行くは よからぬことなり。
         (中略)
 そのことなきに人の来りて のどかに物語して帰りぬる いと よし」


 これも分かる気がする。

 反対のことを言っているようだが、必ずしもそうではないと私は思う。

 私流に言えば、自分が暇で退屈だからといって、他人の家をむやみに訪れて、つまらんことばかりしゃべって長居するのはよろしくないと、自らを戒めている。またそういうわきまえのない、物知りではあっても教養のない人は嫌いだということである。

 逆に、滅多に来ない人が、さしたる用件があるという訳ではなくて、やってきて和やかに話をして帰るのもうれしい。これは人が来る場合である。

 久しく会っていなくて、どうしているかなあ、会いたいなあと思っていたときに、思いがけずやってきて話をして帰る。こういう場合は、もう帰るの?もう少し話をして行きなさいよという名残惜しい気持になる。

 つまり、相手の気持に対する繊細な神経を持ち合わせているかどうかのちがいである。空気の読めない鈍感な人はいつの世でも疎まれる。まったくその通りである。