子どもには本物の文化を

Tu.Nov,23,2010

ハイサーイ!私の徒然草
 コンピュータなどの電子機器になれるというのは実生活に役立つかどうかという次元の話である。本物の文化にふれるというのは人間性に関わることであって、次元のちがう話である。

 今、欲しくてたまらないものがある。NHK大河ドラマ「篤姫」「坂本龍馬伝」「坂の上の雲」のDVDだ。

 間違っているかもしれないけれども、以前のNHK大河ドラマは戦国武将の戦の話ばかりで内面的なメッセージが何もなく、面白くなかった。

 しかし特に「篤姫」は建物、調度品、衣装、庭、人々が話す言葉、立ち居振る舞い、すべてが洗練されていて美しい。日本文化の美の極致であり、まさに日本人の心を描き出している。

 全部揃えるとなるとちょっと高価だけども手元に置きたいという衝動に駆られる。残す価値ある作品ではないかという気がする。欲しい気持と贅沢かなという気持の間を行ったり来たりである。お金はこういう内面性の高い文化的価値のあるものに使うべきだという気がしてならない。

 内面性が高いとか、文化的価値が高いとかいうのは、いいかえれば、常にふれることによって、自分の精神が感化されて高まるということ。子どもだから、子どもには難しいから、子どもには子ども向けの文化を与えるというのは私は間違いだと思う。

 子どもだからこそ、本物に触れさせるべきだ。いいものに子ども向けも大人向けもない。長男が自分の子をよく九州国立博物館に連れて行くけれども、子どもがその雰囲気を感じればいい。いろんな最高のものにふれさせることである。それが10年後、20年後に大きな力になる。本物の雰囲気に浸らせることに意味がある。

 生後数ヶ月の子に、「ばあ〜」とか「何とかちゃん」と声をかけると確かに喜ぶ。しかし、わかるはずのない内容の話を少し長めにしてみた。とたんに目が輝きを増した。

 意味はわからないはずなのに、難しい話の方が好きみたいだった。わからないからと言って、やさしい単純な話ばかりせずに、いろいろなことを話してやるといいと思った。赤ちゃん言葉で話しかけないことだと思う。大人相手に話しているという気持でちょうどいいのではないかと思う。それが成長のためのいい刺激というもの。これは新発見だった。