| [ハイサーイ!私の徒然草] |
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今日、Amazonにこの本を注文した。 私は最近、例え数百円の品物であっても、それを買うときには、今、絶対に必要かとじっと自分に問うてみる。 今、家の中にある自分の持物を、ひとつひとつ、これは必要か、必要でないかと吟味し、絶対に必要だということでなければ、処分する。必要だときめたものは、自分以外の人にもすぐ分かるように整理整頓する。 身辺がさっぱりしてきた。退屈しのぎにふらふらと出かけて、漫然と物を買って、すぐにゴミになるような物を家の中に持ち込まない。 その代わり、私の人生に大きな足跡を残した物は大切にする。人生にとって大切な物に出会ったときは熟考して買う 。 この吾郷晋浩先生の「臨床心身医学入門テキスト」は自分にとっては大切な一冊である。私にとって「心身一如」の考え方は人生の透し眼鏡になった。人を見る目が変わった。 私は30代半ばまで、気管支ぜんそくに苦しんだ。このとき出会ったのが吾郷先生だった。病気がきっかけで心と身体の関係について知ることができた。1年もしないで長年の気管支ぜんそくが治って、その後一度も再発していない。 気管支ぜんそくは、アレルギー体質が基礎にあって、その上にストレスが加わり、アレルゲンが体内に入れば発作が起きる。この3者の兼ね合いで気管支ぜんそくが起きると私は信じている。 アレルギー体質が強ければアレルゲンによって一義的にアレルギー反応が起きるけれども、それほど強いアレルギー体質でなければ、ストレスをコントロールすることによって発作は起きなくなる。 自分が変わることによってストレス回避ができるようになる、その再教育のプロセスがカウンセリングだと思っている。再教育だから気長にやる必要がある。 心身相関について理解する素地があれば、1を聞いて10を知るというように理解が早いから比較的短期間で治ってしまうこともあるし、そうでなければいつまで経っても一向に治らないということもある。 本当のアレルギー病は心身症とは区別すべきだと思うけれども、心身症は内面的な成長のきっかけとなるから、病気であることを感謝すべきである。病気が治った後の自分は間違いなく内面的に成長している。 心の問題について医師の話を素早く理解できるのはどういう場合か。それは過去10年〜15年という長い間、自分の内面的な問題で悩み、それを解決するために自分自身と悪戦苦闘し、試行錯誤をくり返してきたかどうかにかかっている。 好奇心と根気と熱い気持があるかないかにかかっている。 自分との闘いのはじまりは思春期にある。私の場合13歳だった。自分と闘い続けた。しかし、大学に入学したときからは、自分の問題を解決するために、森田正馬博士の森田神経質の本にはじまって、フロイトの精神分析、池見酉次郎先生の心と身体に関する本まで心理学の本を片っ端から読んだ。しかし、本の上の勉強は頭で理解しただけで身につかなかった。 私はひどい喘息持ちで薬はすでに効かなくなっていた。一生病気とつきあっていくしかないと思っていた。 しかし、それまでに読んだ本のおかげで心療内科という科があることに気がついた。当時はまだ心療内科はほとんど世間に知られていなかった。そこで出会ったのが吾郷先生でした。 物わかりのいい人ばかりに囲まれて、叱られることもなく何不自由なく生きてきてきて、自分を見つめることもなく、もっとましな自分になりたいと悪戦苦闘することもなかったかもしれない。 内面を見つめるようになる思春期は内面的な成長の重要な時期だと思う。内面の世界を楽しめるようになれば、必要以上の物やお金や情報に振り回されることもなくなる。 心身医学というのは自分を見つめ、理解するための教科書である。 |