| それまで無反省に行動していた私の心の中に自分を見つめるもう一人の自分が現れた。 |
| [ハイサーイ!私の徒然草] |
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私は学校から4~500mのところに住んでいた。 それは中学校2年生の1学期半ばのことです。学校の授業が終わり、帰りの清掃も済んだ頃、クラスの友達が私の家にやって来て、今すぐ保護者同伴で学校に来るようにと担任の先生が言っていると伝えた。その日は仮病をつかって学校を休んでいた。 しかし、1回休んだくらいで担任が友達をわざわざ自宅まで呼びにやるはずはない。それまでにそうしなければならない状況があったからです。 別に学校を嫌っていたわけではないし、いじめられて学校に行けないというわけでもなかったけれど、1年生のときの欠席が異常に多かったので、新しい担任の先生はしばらく様子を見た上で、頃合いをみはからって私を学校に呼びつけた。これだけ休んで昨年の担任の先生は何も言わなかったのか!と教師になりたての若い先生は激怒した。 生まれたときからずっと母子家庭で育ち、親族、学校の先生を問わず周囲の大人からひどく叱られたことはなかったから、額に青筋を立てて激怒する担任に出会って、初めて本気で叱られたことが身にしみた。 新聞配達、オキュウト売り、ラジオ製作、写真、天体望遠鏡とたえず何かに熱中していたけれども、学校を仮病使って休んでまも好きなことをしていた。 振り返ってみれば、学校や勉強のことなどほとんど意識になかった。学校に行かなくても、勉強しなくても成績だけは良かったので見すごされてきた。このような生活を続けていたら今頃どうなっていたかわからない。 母から叱られると、ああ言えばこう言い、こう言えばああ言いという年齢になっていた。私の反抗期は激しかった方だ。毎日毎日。 担任から叱られたときに、「このままではいけない」という心の底からの呼びかけがなければ、反発しただけで、今頃どうなっていたかわからない。 しかし、幸いだった。はっと今までの自分の姿に気づき、これではいけないと思った。これが人生の転機になった。 この出来事があったからこそ、もう1人の自分が自分の心と姿を見つめるようになった。現実の自分とこうありたいと思う自分のイメージとのギャップのために長く苦しい闘いが始まった。私はとても運のいい中学生だったと思う。 |