太った豚よりやせたソクラテス

Tue. May.23, 2006

[ハイサーイ!私の徒然草]

   太った豚になるよりはやせたソクラテスになれという言葉を聞くと、最近見た韓国のドラマ「大長今(テジャングム)」の主役であるチャングムとミン・ジョンホが心に浮かぶ。

   現代の日本には少数派のきんきらきんの太った豚はいるが、やせたソクラテスはいない。私のようなやせ細った豚はもっと多数である。

   「太った豚になるよりはやせたソクラテスになれ」とは、1964年3月28日東京大学の卒業式の総長告示の中で大河内一男氏が述べた言葉だといわれる。しかし実はこれは予め報道陣に渡された原稿にはそうなっていたが、実際にはお話になっていない。

   しかしこれは当時大変な話題になった。この件については御本人が1965年に東京大学出版会から出版された本の中で詳しくふれられている。

   1964年といっても42年も昔の話だからピンとこないかもしれない。大河内一男氏が1965年に出版なさった著書の中で述べておいでのように、この一句はJ・S・ミルがそのエッセイの中で述べた有名な言葉である。

※ 東京大学出版会:「私の人間像」大河内一男著参照。その他にも、東大の入学式や卒業式の告示、講演などを集めた「私の教育論」がある。同氏著「社会思想史」「続・社会思想史」(有斐閣 教養全書)を読ませていただいた。

   人は自分の信念をすてて豊かで安穏な生活にひたるくらいなら、たとえその身はやせ細り、生活に困窮しても、信念を貫いた方が本当に人間らしいのだ、という意味だ。まさにソクラテスの姿である。

   当時の某新聞のコラムには、今の日本人は痩せた豚にもなれない、信念を貫くどころか信念を棄てても食うか食わずのやせ豚の現状をどうするのかという批評がのった。このコラムニストの文章はするどい。

   大河内氏はこの一句は自分でも多少きざっぽく思われだしたので告示の中で省略してよかったとこの著書の中でお書きになっている。42年も昔に書かれた本が現在でもまだ内容が古びていない。

   韓国ドラマ「大長今」の主人公であるチャングムやミン・ジョンホはまさにやせたソクラテスである。韓国には「男は大道の真ん中を歩け」という言葉があると聞く。疚しいことはするなということである。もちろんこれは「人は大道の真ん中を歩け」と言い換えなくてはならない。

   これは西洋文明が世界を覆いつくし、経済の原則で社会が動いていく。教育までも学力競争になってしまった。すべてが物、金、数字によって動き、やがて情報社会になると、肝心な情報は厳重に秘匿され、どうでもいい玉石混交の情報の大洪水の中で社会は裏も表もなくなった。現代日本では大道の真ん中を歩く人間が姿を消した。