格差の元凶とGDP神話

Sun.Jan,01,2012

[ハイサーイ!私の徒然草]

 カオスの深淵 壊れる民主主義 ウォール街占拠の仕掛け人 カレ・ラースンさんの考え方が、元旦の朝日新聞の9面に掲載されていた。

 多くの人々を苦しめている経済格差の象徴であるウォール街を選んだという。

 今回の福島原発事故にもかかわらず、経済成長のためには原発は必要だという原発推族の水面下での動きは止まらない。

 そもそも原発の安全神話そのものが嘘で塗り固められていた。安全神話で過疎自治体をだまし、交付金と寄付金と、雇用とで釣って原発建設に同意させてきた。安全ではないから過疎地に作るのではないか。事故が起きれば、それまでに交付された交付金や寄付金や雇用によって支払われたお金など端金でしかない。

 国は立地自治体の同意だけで原発建設ができる仕組みを作って、周辺自治体住民の声を封じ、全国民をだまし討ちにして原発を建設してきた。

 いかにも国の原発政策であるかのように装っているけれども、原発マネーの魔の手が永田町、霞ヶ関、マスコミ、大学などの研究機関、あらゆるところに伸びていて、国家全体が原発マネーに乗っ取られたも同然になっていた。国民が納得していたわけではない。国のまともな政策だとは認めてはいない。

 大事故が起きれば、原発企業は顔を見せず、電力会社は国の政策としてやってきたことだから自分らには責任がないといわんばかりの発言を繰り返し、国民の税金を当てにし、電気料金を当てにする。自分らはぬくぬくとして高い報酬をむさぼり続けようとする。

   これは究極の過疎地差別である。すべての国民の生活と生命を犠牲にしてでも原発を推進しようとする。国民を食い物にしてきた。

 一方、政治家も経済界もGDPが成長すれば国民の生活がよくなるかのようなことをいう。国民もなんとなくそんな気になって、苦し紛れに経済成長、経済成長という。しかしよく考えてみれば、これもGDP神話というべきで、これは原発の安全神話にも劣らないインチキである。

 かつての高度経済成長期の国民総中流の時代はもう来ない。当時は日本的な雇用形態があった、労働基本権も今に比べればよく守られていた。働く人々の人権は守られてきた。

 その後闘う労働組合は御用組合である「連合」に吸収されて骨抜きになってしまった。それでもかつての経済成長期にはすぐには不都合は表面化しなかった。しかし、国は各種規制緩和をして、自由化を進めて、競争を野放しにした。働く人々は分断され、団結することもなく、働く人々の人権を踏みにじって企業はやりたい放題になった。

 とにかくどういう経済理論を信奉してこういう政策を進めたのか知らないが、これからはどんなにGDPが拡大しても国民が豊かになることはない。ますます格差は拡大していくだろう。貧困が拡大していくだけだと思う。それは国際的には国家間の格差拡大の進行である。

 経済成長するために、国際競争力に勝つために、電力が必要だ、原発を際限なく作れ、これは金と物にしか目のない連中の狂気である。原発安全神話ばかりではありません。GDP神話でも私たちはだまされ続けてきた。

 その元凶がウォール街だということだろう。ただ元凶をどうにかすれば世界が変わるかという疑問の答えは私にはわからない。しかし神話にだまされないように注意する必要はある。