参院予算委員会を見て感じました

Sat.June.11.2011

ハイサーイ!私の徒然草 小春日和の韓国語のお勉強

 「まあ、あきれてものがいえまへんわ」です。最後の社民党の福島瑞穂委員でやっと委員会らしくなりました。このくらいの質問ができなくては国会議員とはいえません。自民党の林芳正委員の質問もよかった。政権は耳を傾けるべきです。他の委員は0点。

 共産党の委員は庶民の視点からの質の高い質問だが、やはり政権を目指す意思がないから言いっぱなしの域を出ず、惜しいことだ。

 野党自民も公明も早くから菅総理退陣を要求し、与党を追い込んで自分らが政権に返り咲くことしか考えていない。口を開けば退陣要求。馬鹿じゃないかと思っていた。中身は何もなし。

 野党がかつて政権にあったとき、なぜ政権から転落したかということに対する検証も反省も全くない。転落したときのままか、もっと劣化している。

 仮に今の与党を追い込んだとしても政権を奪い返すことは国民が許さない。仮に奪い返したとしても今以上によくなることはない。それは党首から幹事長から党幹部がテレビの前で何を言い、国会で何を言っているかを聞けば次の選挙で投票する気にはならない。

 野党に転落した旧政権で表舞台にいたあのいやみったらしい物言いしかできない人品卑しい連中はすべて表舞台から影を潜め、無難な若手を表に出してきた。イメージチェンジを計ったつもりだろうが、これがまた無能振りをさらけ出した。

 あなた方は災害復興、原発被害に対する対策など何の関心もないと言われても仕方があるまい。現政権の退陣を迫る資格などありはしない。所詮国民のことになど関心はない。利権にしか関心はない。背後に黒い原発推進族の影を感じる。

 原発の安全性になど彼らは関心はない。国民に原発推進か反対か悉皆調査をしてみるがいい。まだ事の深刻さがわかっていない人はあるいは原発は仕方がないなどと思っているかもしれないが、一度調査をして見るがいい。

 国会議員の中で原発はやめるべきだとはっきりしているのは社民党、共産党くらいのものである。与党民主党は灰色である。ドイツのメルケル首相は日本の福島第一原発事故直後に脱原発を宣言し動き始めた。

 政権には、このすばやさと明確な決断が絶対要件である。あいまい表現、玉虫色、ごちゃごちゃと何を言いたいのかはっきりしない物言いは政権担当者として失格である。

 まさにこの不明瞭は日本の不名誉な特徴である。だから国際的にも全く信用されない。北方領土然り、尖閣領土も然り、近隣の火事場泥棒国につけ込まれる。

 その明快さと的確さは社民党の福島瑞穂党首が抜群である。政権を与えられるならば総理大臣として現在見渡す限り最適任者であるという印象をもった。私は毎週金曜日にボランティアで引き受けている町内の仕事をしながら、6月10日の参議院予算委員会の野党の質問を注意深く聞いていた。

 自民党、公明党、立ち上がれ日本などの議員の質問を聞いていたが、自民党の林芳正委員の質問には耳を傾けるものがあった。それ以外の委員の質問はほとんど時間の無駄である。こんな低レベルの質問や追及の相手をしていては閣僚はくたびれ果てるだけである。時間とエネルギーをもっと有効に使わせてやってほしい。

 委員は委員会に出れば実入りがある。しかし不毛の一日だと感じた。入れ替わり立ち替わり未熟議員がテレビで顔を売るために出てきているのではないか。逆効果である。とんだ恥さらしをしている。

 しかし、社民党の党首である福島瑞穂委員の質問は論点が明確であり、具体的であり「質的に」全く他の委員とはレベルが違っていた。いまどきこれだけの国会議員はいません。

 私は現職の頃は組合員でしたから、もちろんかつての社会党を支持してきた、しかし、なぜ社民党がこんなにミニ政党になってしまったかわかっている。なるべくしてなったと思っている。

 それはかつての社会党が労働組合におんぶにだっこだったことにも原因があった。そしてその労働組合が社会党をつぶしてしまったと思っている。労働組合に節度というものがなかったことにある。組合員以外の未組織の人々の心を読もうとせず、読めなかったことにある。

 最後の最後のところでは私も嫌気がさして愛想を尽かしたのを覚えている。民主党に期待はしたのですが、これはむしろ昔のイメージからすれば御用組合に近かったから本当はいやだったのです。期待はしたもののやはり現政権もその体質は抜け切れていない。それが何もかもが玉虫色の原因ではないかと思う。もっと明確でなくてはいけません。

 一度転落してしまうと、どんなにいい党首を迎えても二度と浮かび上がれないことを目の当たりにしている思いである。理想論と現実論とをどこで調和させていくかにかかっている。しかし原発だけは国民の生命と地球の運命がかかっているわけですからこればかりは経済界の現実論ではいけません。