| ハイサーイ!私の徒然草 |
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小泉氏には腐敗はなかったかもしれないが、小泉政権から日本政府の劣化がはじまった。小泉氏も例外ではない。 小泉政権に続く、安倍、福田、麻生、鳩山、菅、どれひとつまともに機能してこなかった。単に総理大臣だけの話ではない。単に与党だけの話ではない。与党も野党も劣化がくるところまできたという気がする。 短期間で総理大臣を辞めなくてはならなくなったにはそれ相応の理由があってのことである。自民党が与党から転落しなくてはならなかったのにもそれ相応の理由があったはずである。 にもかかわらず厚顔無恥なのは、総理大臣を辞めてからも党内で大きな顔をしていることである。恥知らずというのも劣化現象のひとつである。そういう人間は何人もいる。 総理大臣の首をすげ替えてもおそらく何も変わらず、相変わらずたらい回しになるだけである。全てが劣化しているのだからやってみなくても想定できることである。 劣化した議員は劣化した総理大臣を選ぶ。劣化した国民は劣化した議員を国会に送る。国民のレベル以上の政府はできないというのは鉄則である。類は類を呼び、類は類を選ぶ。 とにかく、二世議員、三世議員、世襲議員、こういう議員には国会議員を辞めてもらいたい。とは言っても自分で辞めるはずがないから、国民はその1点に絞っての投票行動を起こすしかない。少なくとも二世、三世、世襲議員は次回から親の地盤から出馬することを禁止すべきである。 目先しか見えないという頭の中味が変わることはないだろうから、おそらく劣化が止まらない。 教育にまで競争の原理が激しくなって、私立だ、金だ、学力だと目先のことしか考えないような抜け駆け人間が社会のあらゆる分野で上層部を閉めるようになった結果である。 太平洋戦争終結以来の約70年間に、金と物に振り回されて精神はどんどん劣化してきた。それに教育にまで入り込んだ競争原理によって似非学力はついて物知りは増え、理屈ばかり言う人間は増えた。しかし、精神は劣化した。 国民の劣化、則ち、似非学力、低視野、近視眼、利己的、それらの弊害が顕在化するに至った。人間力の低下は深刻である。 |