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日本語の「変わっています」には反対の意味も含みます。その時の前後の脈絡とか、話し方などで判断するしかありません。文字として書かれたこの「変わってます」を形式的に「이상해요」でいいのか。韓国語でも同じようにいい意味とよくない意味を併せ含んでいるのか。この言葉のニュアンスは韓国で生活してみなくてはわからないことでもある。 異常하다ですから、どうも、よくないニュアンスがありそうだし、もっと明確に「게성적이에요「個性的です」」としたらどうか、それとも색다르다にしたらどうか。 こう言われたことがある。だいたい共通しているというのです。 それは悪い意味ではなくて、個性的だというほめ言葉である。韓国語ばかりでなく、中国語を勉強する人もそうだという。 私はその意味を考えてみた。 たしかにこのグローバル化の時代には、英語ができなくては、1歩海外にでれば、手も足も出ない。別に買い物ができないとか、思うように動けないとか、そんなことはどうでもいい。海外に行かなければいいのだから。そうではなくて国際競争力の問題である。だから100%の人が英語がなくては生きていけないという訳ではない。 なのに、小学校から英語教育を必修にするという話になる。進学する時も就職する時も英語力が必要になる。だから英語の勉強をしなければいけないと思うから、英語の塾や、学校や、教材屋さんにはビジネスチャンスが生まれる。 そういう中にあっても、ロシア語を勉強しましょう、中国語を勉強しましょう、アラビア語を勉強しましょうと考えるには一理はある。しかし韓国語はグローバルではない。なぜ韓国語なのか。 先々、進学に必要だからとか、就職に有利だからとかいうことではなくて、純粋に韓国文化が好きだとか、韓国人が好きだからとといった動機からである。その他大勢ではないということである。ユニークな一面があることは確かである。 だから言葉を学びたいという熱意がいつまでも冷めることがない。なかなか進歩しなくてもまさに継続は力なりを地でいくことになる。長い道のりだったが、思わぬ上達をしていることに気づく喜びがある。 心の底に、英語は世界の共通語だからその重要性はわかっていても、英語を嫌っていることに気づく。英語そのものを嫌っているというよりは、結果的に英語を世界の公用語化して、貨幣であるドルとともに、アメリカの世界支配の道具化していることへの危機感である。 母国語を維持しながら英語を使っている国はまだいいけれども、母国語をほとんど失ってしまった国が沢山ある。もちろん部族が多くて英語を母国語にした方がいいという場合もあるにせよ、言葉はその国の文化そのものである。言葉を奪われた国は文化も根こそぎにされたことを意味する。その理不尽に怒っているだけのことである。 |