| 失われた心を求めて | いやぁよ、卒業しますよ | 通信制卒業を迎えて |
| ~定時制高校の卒業文集の中のSさん(19歳)の文章です~(1999年) |
| ハイサーイ!私の徒然草 | 小春日和の韓国語のお勉強 |
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長いと思っていた4年間は、やっぱり長かった。この4年間、本当にいろんなことがありすぎた。知らなくていいようなことも、いっぱい知ってしまった。私があんなに嫌いだった社交辞令も、愛想笑いも、もう慣れた。だけど、泣き崩れることも、辛いことも、悲しいことも、苦しいことも悔しいことも、たくさんあった。でも、うれしいことも、楽しいことも、たくさんたくさんあった4年間でもあった。 定時制に入学してからの4年間、私は様々な種類のアルバイトをした。自慢できることじゃないけど、きっと定時制で1位になれるくらいだと思う。あんまりバイトが続かないので、親や先生からは「根性なし」と言われ、落ち込んだこともあった。だけど、いろいろな職場で出逢った、たくさんの人たちは、私の財産である。 そして、バイトをする上で学んだことは、お金の大切さ、お金を稼ぐことの大変さ、人間関係の難しさなどだ。若いからといって、バカにされるのが嫌で、負けず嫌いな性格にもなれた。 働かないと生活できないという状況があるから、身分はバイトでも、やっていることは仕事だと思い、責任感も身についた。バイトを転々とし、根性なしと言われ続けた私だけど、そんな私も2年前、とても素晴らしい職場にめぐり逢い、現在も元気に働いている。 定時制に入学し、忙しい生活の中で決して欠かさなかったことは、新聞と本を読むことだった。私のバッグの中は、いつも本が入っていた。朝早く起きたとき、電車の中、授業の始まる前、夜のベッドの中、ちょっとのヒマを見つけて、私は本を読んだ。学校や区の図書館で借りたり、友達や先生に貸してもらったり、私自身もたくさんの本を買った。 この4年間で、たくさんの本と出逢った。本の中で私の知らない世界を知り、知らない情報や知識を得た。文章で泣けることも覚えた。そして、ちょっとのヒマを見つけて本を読む癖がついたので、これから先の生活でもこれを大いに生かしたいと思う。 たくさんの人たちや、本との出逢いの他に、私は定時制でとても素晴らしい、尊敬できる先生方に出逢えた。教師に暴言を吐かれ、暴力を振るわれていた私は、「いい先生」という人に出逢ったことがなかったし、教師なんてどれも一緒だと思っていた。教師というものに何も期待をしていなかったし、何も求めていなかった。 だから、入学して「いい先生」ばっかりなことに、カルチャーショックを受けた。私の話を聞いてくれる、先生も私に話してくれる。勉強ができないからといってバカにしたりしないし、もちろん暴言も暴力もない。私と同じ目線で話をしてくれる…。そんなひとつひとつが私にとって、たまらなくうれしかった。 それと同時に、私のキズつき、閉ざされた心は癒された。また勉強嫌いだった私は、勉強が好きになった。と言っても、今までのブランクはあるし、苦手ではあるけど、それでも、3年生の頃ぐらいから、本気で大学に行きたいと思うようになった。まだまだ、行くだけの知識もお金もないけど、30歳までには必ず大学に行って勉強したいと思っている。 こんな気持になれたのは、きっと定時制の先生方に出逢えたお陰だと思い、本当に感謝している。もし出逢えていなかったら、私は一生「教師」というものに偏見を持っていただろうと思う。心にキズを負ったまま、教師や社会や人間を憎んでいたと思う。 時々、学校に行かなかったり、授業中に眠り込んでしまうことがあり、大変申し訳なく思っている。それと、先生に敬語で話せなかったことを、とても後悔している。卒業したら、ちゃんと敬語で話せるようにしたいと思う。 ここ数年間私の生活は多忙だ。朝は7時すぎに起きて、バイトに行き夕方まで働く。電車に乗って学校に行く。駅から20分歩いて学校に着く。授業を受けて、そしてまた夜中までバイトをする。家に帰って、家のことをして、お風呂に入って寝る。春と夏は、この生活プラス、部活もしていた。その合間に買い物をし、料理も作り、掃除もし、新聞や本も欠かさず読み、そしていくつか恋もしたし、いっぱい遊んだ。最近では「ホームヘルパー二級」という介護の資格にもチャレンジしている。寝る時間は少ないけど、毎日充実し、楽しく生きている。 毎日毎日、新しい人に出逢えることがすごくうれしい。あんまり、いろんな人を見てしまったばっかりに、最近ではどんな人を見てもたいして驚かなくなってしまった。でも良かったことは、いろんな人が居て、また、いろんな考えがあっていいんだと、心底思えるようになったことだ。近ごろ、世界の人口が60億人を突破したというニュースがあったけど、そんなに人口が居るんだったら、60億通りの生き方や価値観があっていいと思った。 人間関係でつまづいた時、個々の多様な価値観があることに悲しくなったり、苦しみであったりするけど、逆に言えば、大きな喜びであるし、楽しいことでもあると思う。卒業して環境が変わってから、また新しい出逢いがあると思うと、すごく楽しみである。 私は福岡高校の定時制に入学して本当に良かった。勉強が楽しいと言うことも知ったし、人も信じられるようになった。「悪い先生」もいるけど「いい先生」もいるということもわかった。「生きている価値がない」と言われた私だけど、そんな私でも生きていていいんだと思えるようになった。自分のことも好きになった。この世に生を受け、「私」という人間に生まれてきたことと、「私」を生んでくれた父や母に心底感謝した。死にたくなることもなくなった。 私は時々人に「苦労したね」と言われる。でも、苦労と感じたことは一度もない。もし、この4年間が苦労だったと言うなら、私は若いときにお金を払って「苦労」を買ったんだと思う。だけど、この苦労は最高に気持のいいものだった。こんなにいいことばっかりで、定時制に入学しなかった人生なんて、とてもじゃないけど考えられない。 福岡高校では、私が失っていた心や、人間らしく生きることを取り戻せた。私は自分らしく生きたかった。だけど一体何が自分らしいのかわからなかった。自分らしさと、自分勝手を履き違えたこともあった。この4年間私は思いきり笑い、思いきり怒った。一人の人を思いきり愛しもした。そしてこれが私らしさなんだと気付いた。私らしさと言うか、人間らしいなと思った。 ここまで来るのにたくさんの人たちの愛と理解と協力があった。決して自分ひとりでがんばったわけじゃなく、私が今まで出逢った全ての人達のお陰で、今日の私がある。 いろいろあったけど、やっとこさでここまで来ることができました。本当にありがとうございました。15歳から19歳という多感な時期に、皆様に出逢え、福岡高校で過ごせたことを本当に良かったと思っています。皆様のことが、とても大好きで、私にとってものすごく大切な人たちです。私は最高に幸せ者です。 4年間、決して言えなかった言葉を今なら素直に言える。今まで生きてきてよかった。生まれてきてよかったと。 |