私の今年のキーワード

    民主主義という社会のあり方、ものの考え方、学問、科学技術、経済システムなど、60年前の太平洋戦争敗戦からはじまったアメリカ文明病。このとき日本人は香り高く美しい日本文化を放棄し、日本は品位のない国になってしまった。

2011年
はじまりの記憶:  柳田邦男著「言葉の力、生きる力」(新潮文庫)の中で「人はだいたい5、6歳の頃遅くとも7、8歳の頃に何かに強く感動したり、心を惹かれたりする経験をすると、それが原型となって、右脳の中に、どういうものに感じやすくなるかのレセプターが形成されるのではないか・・・と」そして、「結局人間が生涯に為すことは、幼少期に用意されているという仮説は真理なのだろう」と書いておられる。

ハイサーイ!私の徒然草 小春日和の  韓国語のお勉強

香  り: 今は昔、 美しき日本文化の香り

詩  情: 今は昔、心の故郷    美しき日本の詩情

  ま  : 言葉より言葉の間(ま)に心あり。「間」のない冗舌は「間抜け」である。

  鏡  : 日本しか知らずしては日本は見えず、自分自身も見えず。異文化は姿見(すがたみ)

温故知新: 今しか知らずしては今も先も見えない。

敬老精神: 知識や情報に溺れ、インターネットさえあれば何でもわかると思い違いをして、アイデンティティも気位も育たず、長く生きてこなくてはわからない大切なことがあるとはつゆ知らず、敬老精神を忘れた。これが不幸のはじまり。

六波羅蜜:  精進すればいいというものではないこと。精進の前に大切なことがある。精進第一にすれば悪になる。

心身一如:  病は薬だけで治るものではないこと

アイデンティティ: 私が私である所以のもの。心の根っこのところにあるものが何かということ。

韓国ドラマ: チャングムとミン・ジョンホで象徴されるような純粋でまっすぐな人間は、とっくの昔に日本からは姿を消した。日本文化の香りなど60年も昔に消えた。

英語会話: 英語ばかりが外国語ではない。皆と違う外国語の勉強をしてはいかが?文化理解なくしては外国語の勉強は意味がない。自国の文化を語ることができるネイティブから教わること。果たして現代日本人は自国の文化を熱い心で語ることができるか。

自然科学: 自然科学にはふたつの顔がある。技術と経済に結びついて心を見失わせる顔と、ミクロの世界から宇宙の果てまで心の世界を広げる顔と。

理科教育: 自然科学にふたつの顔があるように、学校で教える理科にもふたつの顔がある。理科は知識や理屈を越えて心を熱くする物語としてこそ意味がある。

自分探し: 元々あった落とし物なら探せば見つかるかもしれない。しかし、最初からなかったものはただ探すだけでは見つからない。あれば今更探す必要もない。

素人写真: 自己満足型写真からの脱却

現代の薄情: 戦後60年、似非民主主義と高度経済成長と玉石混交の情報の大洪水、知識や情報におぼれ、理屈ばかり言っているうちに心を忘れた。

主客転倒: 太平洋戦争敗戦後からはじまった世相である。親と子、教師と生徒。物分かりのよすぎる親、友達のような先生、親切なお巡りさん。敬意を表することを知らず、控え目に話すことを知らず、相手構わずみんな互いに友達友達。

羊頭狗肉: 最悪なのは大義名分として民主主義を掲げた戦争ビジネス

民主主義: 水を流せば高い方から低い方に流れて平準化する。民主主義はきれい事の表看板で中味は 腐敗と堕落。

少子化: 出生率は日本社会の限りなく沢山の社会条件のバランスできまる。これを変えることはできない。

ロボット: 人似ロボットとロボット化した人間とでは、どちらが薄気味が悪いか。

情  報: 流動する生きた世界を抽象したもので、すかすかの糸瓜(へちま)のたわしのように中味は空っぽである。

バカの壁: 心ここにあらざれば、見れども見えず聞けども聞こえずということを言い換えただけである。要するに固定観念の壁である。その壁に気づくことが成長の第一歩であり、井の中の蛙が狭い井戸から脱出する第一歩。

日本人: 60年前に自国の文化を放棄してしまった日本人というのは一体どういう人たち?残っているのは日本国籍だけ。

新ボランティア活動: 現代のボランティア活動とは、自分では動かず、通報して人にさせること。

議  論:    無用とするのが賢明。互いに結論が決まっているからかみ合わない。ほとんどの議論がこの手の議論。愚の骨頂。無意味なストレスはまっぴらご免。

   自分が気づかない何か他の考え方がないかを見つけようとする意味のある議論ならば、感情的になることはない。

へちまとへちまのたわし:    へちまは現実世界、へちまのたわしは情報社会がつくり出す仮想世界。